約 1,893,801 件
https://w.atwiki.jp/wiki9_alternative/pages/67.html
煌武院 悠陽 パウル・ラダビノッド ボーニング社CEO 答辞(涼宮茜[サプリ]) ジョージ・オールストン准将 駒木咲代子 煌武院 悠陽 演説 我が親愛なる日本国民の皆様。 長きにわたり多大な苦難を強いている事、誠に申し訳なく思います。 此度の事件は、若き命が国の過ち、延いては私の至らなさを正そうとしたが故の決起でありました。 彼の者達の所業は決して許されるものではありません。 されど、日本の目覚めを願い、已むに已まれず立ち上がったその志までを軽んずることはできません。 私達の心に刻みつけ、省みるべきは日本人として在るべき真の姿にあると思い至りました。 それが、延いては人類が一丸となり、強大な敵に立ち向かう為の力となるでしょう。 長きにわたる戦乱の終わりは未だ見えず、皆様の心には不安の大きなうねりとなって押し寄せていることでしょう。 だからこそ、私達は今という時代を、強靭な精神を持って歩まねばなりません。 敵を砕く為の牙を同胞に向けざるを得なかった彼らは身を持ってそれを示そうとしたのです。 私達の心に、今再び、誇りと力を呼び戻す為に。 座して得られるものはありません。 しかし、得るべきものが何かもわからず、徒に拳を振り回したところで、望むものを得ることは決して叶わないでしょう。 若者達の潔き志を礎に、私達は一丸となり、勝利と平和を勝ち取る為、共に苦難を乗り越えて参りましょう。 日本国民の皆様。 民と国の為、その身を捧げた者達、そして己の責務に殉じた者達の心を、どうか忘れないでください。 数多の英霊の遺志を背負い、私は歩み続けます。 どうか、皆様のお力を、今暫くお貸し下さい。 同じ過ちを繰り返さぬよう、各々が為すべきを為せるよう、共に未来を見据え、歩んで参りましょう 演説(任官式) 此度の働き、誠に大儀でありました。 私の迷いを正そうとする、若者達の強き意思を、この身を持って知る事ができ、嬉しく思います。 しかし、幾つもの命が散り、二度と帰らぬものとなったことは悲しく、わが身を裂かれるような想いです。 願わくは、天に召されし彼らの御霊が、安らかならん事を。 先人達はこの国と民を愛し慈しみ、それが永らえることを願ってきました。 その先人の想いは、この地に暮らす全ての人に託されているのです。 その思いを果たすことが、今の世において並々ならぬことではございましょう。 しかし一人一人がなすべきことをなし、相克を乗り越え、力を合わせるとき、 果たさざるものなどありはしないでしょう。 皆様が正しき道を歩まれんことを、切に願います そしてわが心は、いかなる時もそなた達とともに有ります。 パウル・ラダビノッド 演説 先のBETA襲撃により、我が横浜基地は致命的とも言える大損害を被ってしまった 奮戦虚しく、多くの命と貴重な装備が失われ、正に精も根も尽き果てんばかりであった だが・・・・・・見渡してみるがいい この死せる大地に在っても尚、逞しく花咲かせし正門の桜のごとく、 甦りつつある我等が寄る辺を 傍らに立つ戦友を見るがいい。 この危局に際して尚、その眼に激しく燃え立つ気焔を 我等を突き動かすものは何か。 満身創痍の我等が何故再び立つのか―― それは、全身全霊を捧げ絶望に立ち向かう事こそが、生ある者に課せられた責務であり、 人類の勝利に殉じた輩への礼儀であると心得ているからに他ならない 大地に眠る者達の声を聞け 海に果てた者達の声を聞け 空に散った者達の声を聞け 彼らの悲願に報いる刻が来た そして今、若者達が旅立つ 鬼籍に入った輩と、我等の悲願を一身に背負い、孤立無援の敵地に赴こうとしているのだ 歴史が彼等に脚光を浴びせる事が無くとも 我等は刻みつけよう 名を明かす事すら許されぬ彼等の高潔を、我等の魂に刻み付けるのだ 旅立つ若者たちよ 諸君に戦う術しか教えられなかった我等を許すな 諸君を戦場に送り出す我等の無能を許すな 願わくば、諸君の挺身が、若者を戦場に送る事無き世の礎とならん事を ボーニング社CEO XFJ-01a ロールアウトセレモニー ──かつて、祖国の誇りと存亡をかけて戦ったふたつの国がありました。そして今、その2国は太平洋を挟んで共に手を携え、人類を脅かす異星起源種との戦いに挑んでいます ──今この地球の全生命が直面している生存の危機に際し、あれほど強敵であった日本帝国が我が合衆国と轡を並べているのです。私は、これほどまでに心強いパートナーを他に知らない ──本気で戦った者同士だけが持ちえる信頼があると、私は信じます。死を賭して剣を交えた者同士だけが育める友情があると、私は信じます ──そして今日、憎しみも悲しみも克服し、苦難の末に結実した米日の絆が! そして魂が!輝かしくも力強い巨人となって具現化したのです! ──ご紹介しましょう。日本帝国の新たなる刃 ──XFJ-01a“シラヌイ・セカンド”! 答辞(涼宮茜[サプリ]) 428 :涼宮茜・卒業式答辞(1/3):04/12/21 00 49 54 ID uQnO+Gut 肌寒い冬もそろそろ終わりの時期を迎え、風は春の到来を予感させます。 桜並木は蕾を膨らませ、白陵の由来である白い花が咲く時を、今か今かと 待ちわびています。 本日は、私たち卒業生のために、このような盛大な式を挙げて頂きまして、 ありがとうございました。 学園長をはじめ、来賓の方々、そして、在校生のみなさん、皆さんから頂いた お祝いや激励のお言葉は、ひと言ひと言がとても深く胸に染みています。 私がこの学園で過ごした3年間は、とても長く、そしてとても短い時間でした。 嬉しいこと、辛いこと、悲しいこと、楽しいことが沢山ありました。 今となってはその一つ一つが大切な思い出であり、私がこの学園で生きてきた 証となっています。 429 :涼宮茜・卒業式答辞(2/3):04/12/21 00 51 39 ID uQnO+Gut 私がこの学園に入学し、誇りある白陵柊水泳部に所属したのは、この学園の 卒業生である一人の先輩に憧れてのことでした。 そして私はこの3年間、その先輩に追いつき、追い越そうと、自分なりの努力を 重ねてきました。 先輩の功績は、室内温水プールというとても大きな形で存在し、私もいつかは 形に残る何かを残したいと、懸命に努力してきました。 それは並大抵のことではなく、記録が伸び悩むことや、私の家族に訪れた 辛く悲しい出来事によって、何度も挫折しそうになりました。 ですが、私が潰れることなくそれらを乗り越えることができたのは、コーチや 水泳部の仲間をはじめ、友人たち、先生方、両親の叱咤激励があったからです。 私はこれからも水泳競技者として、世界を相手に戦っていくことを決心しました。 ですがそれは、多くの人に支えて頂いたからこそ叶ったことだと確信しています。 430 :涼宮茜・卒業式答辞(3/3):04/12/21 00 54 13 ID uQnO+Gut 今、私は皆さんにとても感謝しています。 そして、その出会いをもたらしてくれた、私たちの白陵柊学園にも感謝しています。 そして、私と同様、この学園を巣立って行く卒業生の誰もが、今日のこの日を 自分一人の力だけで迎えられたとは思ってはいません。 陰に日向に、日々私たちを支えて下さった多くの方々への、感謝の気持ちで一杯です。 雨の日も風の日も、私たちが過ごしやすいようにと学園の環境を整えて下さった、 事務室、食堂、購買職員の皆さん、学校での父母のような存在で私たちを支えて 下さった先生方、3年間、本当にお世話になりました。 私たちをここまで育て、我が儘を受け止め、応援してくれた、お父さん、お母さん、 本当にありがとうございました。 そして、何物にも代え難い、大切な友達、本当にありがとう。 在校生の皆さん。 涼宮茜を語ろうPart5 ジョージ・オールストン准将 演説 あの日から、3ヶ月が経った 今日、この日を去ること98日、我々は勝利した 全てのハイヴをこの地上から消し去り、あのオリジナルハイヴをも、灰燼へと帰さしめた 30年の長きにわたり、数十億の尊い命を奪い、広大な国土を荒廃させてきたBETA大戦に、我々は遂に終止符を打ったのだ 我々の前に、人類の新たな時代が、復興への輝かしい道程が拓けたのだと、あの日、バビロン作戦に参加した全ての将兵が確信したに違いない だが、我々に与えられたのは、この大地である 大海崩によってユーラシアの大地を失い、打ち続いた災厄によって多くの同胞が命を落とした BETA殲滅の、余りに大きな代償を、我々は支払うことになったのだ それでも──私はあえてここに宣言する。我々は遂に、この大地を得たのだ 我々は、生きている 我々は、この大地で生きてゆく ──BETA無き世界を、人類が再び統べるこの地球を、諸君らは自らの手で勝ち取ったのだ 戦没将兵追悼記念日──それは古今、あらゆる戦いで命を落とした全ての将兵を悼み、その成し遂げたるを称えるべき一日である 今日この日、BETAと戦い、大海崩と戦い、その命を人類に捧げた全ての戦友に、我等は誓おう── この世界に、再び秩序を取り戻すという決意を この困難な戦いを最後まで遂行し、いつの日か、その魂が永遠に安んじられる時が来る事を ──この誓いを胸に、今は亡き我等が戦友を、この地に葬り、全ての決意の証としよう 諸君らの、これからも変わらぬ勇戦に、期待する 駒木咲代子 答辞 異星起源種の地球襲来より33年――この惑星より怨敵どもを払拭せんと一天四海の人類が奮戦するも、戦局は日を追い、年を追うごとに凄惨を極め、勇猛果敢な多くの兵士が戦場にその生命を散らしていきました そして今、ユーラシア大陸は溟渤に沈み、かつての大洋は塩の荒野へと変貌し、四カ国にまで縮小した世界は消耗し疲弊しきっております 我々日本人も豊葦原の瑞穂の国を追いやられ、大海を放浪し絶念に漂う中、親愛なる米国の友誼により救われました 今、人類はまさに衰亡の瀬戸際にあるといえます 本日、同胞の血潮で染めた日の丸を背負い、天命に精選されたる四カ国兵士の一員として―― 人類共闘の御旗を掲げて、永年の宿願たる異星起源種掃討の任務を果たすべく、タコマを出立することは、至上の光栄にして感激至極の心境にあります また、戦場に赴く我等のため、政威大将軍閣下より慈愛溢れる御訓示を頂戴し、皆々様に激励されたるは、心底よりの歓喜を隠すこと叶いません タコマの地より遠く離れるにあたり、我々日本帝国軍は帝国臣民と友邦三カ国の国民に以下を宣誓します―― ひとつ、我々帝国軍は友邦三カ国と連帯し、異邦朋友の働きに恥じぬよう、見敵必殺の覚悟と共に戦野に赴くことを宣言する ひとつ、我々帝国軍は出征の主命を謹んで奉戴し、堅忍不抜の気魂を胸に、JFKハイヴに巣食う異星起源種どもを必ずや滅殺せんことを宣言する ひとつ、我々帝国軍は必ずや生還し、この地に於いて骨肉朋輩と再会することを宣言する 英霊たちもご照覧あれ。 我等、鬨の声を上げ、いざ往かん―― 遠征出立に際し、我等が決意の一端をここに開示し、これを以て答辞とする 日本帝国本土防衛軍シアトル駐留軍第1戦術機甲連隊・第1戦術機大隊隊長 駒木咲代子大尉
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/5172.html
前ページ次ページ蒼い使い魔 やがてシルフィードがトリステインの王宮へとたどり着く、 場合が場合なだけに直接降下し、王宮の中へと進もうとすると、 多数の兵士たちがレイピアのような杖を構えルイズ達を取り囲んだ。 「杖と剣を捨てろ!!」 隊長らしい顔付きの男が警告を放つ、 国運を左右する重要な密命を完遂したにもかかわらず、少々残念な凱旋の出迎えである、 全員むっとした表情に変わる。 「宮廷」 タバサが呟き、杖を投げる。他のみなはしぶしぶ頷き、手にしていた杖を地面にへと放り投げた。―ただ一人を除いては 「今現在王宮の上空は飛行禁止だ!ふれを知らんのか?」 すると、ルイズがシルフィードから飛び降りて、毅然とした態度でそれに応える。 「わたしはラ・ヴァリエール公爵が三女、ルイズ・フランソワーズです!姫殿下に取り次ぎ願いたいわ!」 向こうの隊長が、自慢であろう口髭をひねってルイズを見つめる。本当かどうか判断しているようだった。 隊長がとりあえず掲げた杖を下ろす。 「ラ・ヴァリエール公爵さまの三女とな」 「いかにも」 隊長の男はルイズの目をじっと見据える。 「ふむ、なるほど、見れば目元が母君にそっくりだ。して、要件を伺おうか?」 「それは言えません。密命なのです」とルイズは首を振った。 「では殿下に取り次ぐわけにはいかぬ。要件も尋ねずに取り次いだ日にはこちらの首が飛ぶからな」 困った口調で隊長は応える。 「では、今すぐに首を飛ばしてやる、それが嫌なら道を開けろ」 中庭に冷たい声が響く、兵士たちがその方向をみると いつの間にかバージルがシルフィードから降り、閻魔刀の刃を数サントほど押し上げて隊長を睨みつけていた。 「なんだとッ!?」 周囲を取り囲む兵士たちが一斉に杖を構える。 「ちょっと!何挑発してんのよ!お願いだからやめて!」 全員が必死にバージルを止める、なぜこの男はここまできて話をややこしくするのだろうか、ルイズが頭を抱えたその時 「ルイズ!」 驚きと嬉しさが込められた叫び声が中庭に響き渡った。 皆がその叫び主の方を向くと、鮮やかな紫色のマントとローブを羽織った人物――アンリエッタ王女がこちらに駆け寄って来た。 「姫さま!」 ルイズの顔が嬉しさ一杯に溢れ変えり、こちらもまた駆け寄る。 二人は、中庭にいる全員が見守る中、ひしと抱き合った。 「ああ、無事に帰ってきてくれたのね。うれしいわ。ルイズ……」 「姫さま」 あまりの嬉しさに、ぽろりとルイズの目から涙が零れた。 「件の手紙は、無事、このとおりでございます」 アンリエッタの表情が明るくなり、ルイズの手をかたく握り締める。 「やはり、あなたはわたくしの一番のおともだちですわ」 「もったいないお言葉です。姫さま」 アンリエッタはシルフィードに乗っている人達を見渡す。そこにウェールズの姿がいない事を知ると、顔を曇らせる。 「やはり……ウェールズさまは父王に殉じたのですね」 はい……、とルイズは顔を俯かせて小さく答えた。 「……して、ワルド子爵は?姿が見えませんが。別行動をとっているのかしら?」 「それは…ここでは…」 ルイズの表情が曇る、あまり言いたくないのと、下手に口にしてこの場に混乱をもたらすのも避けるべきと考え周囲を見る。 アンリエッタは、魔法衛士隊の面々がこちらを見つめている事に気付いた。 「彼らはわたくしの客人ですわ。隊長どの」 「さようですか、失礼いたしました」 アンリエッタに説明された隊長は、今までの態度とは一変、杖を収めて、隊員達を促し、この場から去っていった。 アンリエッタは、再びルイズの方を向くと、 「とにかくわたくしの部屋でお話しましょう。他のかたがたは別室でお休みになってください」 アンリエッタの居間にルイズとバージルが入る、 そこで、ルイズはアンリエッタにことの次第を報告し始めた。 もちろんワルドが裏切ってウェールズを殺害した事もはっきりと言った。 裏切り者であるワルドはバージルにより処刑され、手紙は奪われずにこの手に取り戻した。 反乱軍である『レコン・キスタ』の野望はつまずき、こちらの任務は成功し、平和な時間がもどったのだ、 だが、アンリエッタは悲しみの表情で一杯だった。 「奴は…勇敢に戦って死んだ。確かに伝えた」 バージルが初めて口を開く、そこまで言うとさっさと退室していった。 「わたくしの婚姻を妨げようとする暗躍は未然に防がれたのです。わが国はゲルマニアと無事同盟を結ぶことができるでしょう。 あなたのおかげで、危機は去り、平和な時間に戻りました。ありがとう、ルイズ」 バージルが退室してしばらくの後、 アンリエッタは無理矢理にでも明るい声を出した。いつまでも落ち込んではいけないと考えたのだろう。 その後、ワンテンポ置いて、ルイズはポケットから水のルビーと風のルビーを取り出した。 「姫さま、これをお返しします」 「これは、風のルビーではありませんか。ウェールズ皇太子から預かってきたのですか?」 「はい、姫様にお渡しするようにと」 アンリエッタは早速風のルビーを手に取り指に通す。ウェールズがはめていたものなので、アンリエッタの指にはゆるゆるだった。 しかし、小さく呪文を紡ぐと、あっという間に指輪のリングの部分がぴたりとおさまった。 アンリエッタは、風のルビーを愛おしそうになで、はにかんだように笑むと水のルビーをルイズに手渡す、 「それはあなたが持っていなさいな。せめてものお礼です」 「こんな高価な品をいただくわけにはいきませんわ」 「忠誠には、報いるところがなければなりません。いいから、とっておきなさいな」 アンリエッタの言葉に折れたのか、ルイズは頷くとそれを指にはめた。 場所は変わりアルビオン、ニューカッスル、 死体と瓦礫が散乱する戦場の跡を、聖職者然とした服装の三十代の男が歩いている。 その冴えない聖職者にしか見えないその男こそ、『レコン・キスタ』の指導者にして神聖アルビオン帝国皇帝、オリヴァー・クロムウェルであった。 クロムウェルは礼拝堂へたどり着くと言葉を失う、 そこは一面赤黒く変色した血の海と化し腐臭が漂っている、礼拝堂というより、地獄を連想させる。 「これは…」 思わずそう呟きながら礼拝堂内へと足を踏み入れる、 ここにあったウェールズの遺体はすでに回収し『アンドバリの指輪』の力で蘇生させた、ワルド子爵がしくじり 虚無の娘と手紙を入手することができなかったのが残念だが、すべては順調だ。 「しかし…ワルド子爵を失ったのは少々痛手だな…」 クロムウェルはそう呟きながら始祖像を見上げる。 すると、崩れ落ちた天井の穴から威厳あふれる声が響く。 天には三つの赤い目が輝きクロムウェルを見下ろしていた。 「クロムウェルよ…」 その言葉を聞き慌てたようにクロムウェルが片膝をつく。 「これはこれは…ムンドゥス様…」 「聖地の奪還、どうなっている」 「はっ、我が『レコン・キスタ』はアルビオン王国を陥落させ、拠点を得ることができました。 ウェールズ皇太子も我らが手中にございます」 「そうか、ではこのまま貴様に一任する」 「全身全霊をもってお受けいたします。して、スパーダの血族はいかがいたしましょうか、 情報によれば虚無の担い手の使い魔として召喚されたとか…」 「今は捨て置け、貴様らがいくら束になろうと死体の山が築かれるだけだ。 我が力は完全には復活してはおらぬ。こうして貴様と話すにも時空が安定しない。 故に未だ少数の悪魔しかそちらへ送ることはできぬ。」 「はっ…」 「何、いずれ奴は我が元へ、魔界へ来る…自らの意思でな…」 「…」 「クロムウェル」 「はっ…」 「一人だが、兵をくれてやる、どう使うかは貴様の自由だ」 「ははっ!ありがたき幸せ!」 ムンドゥスはそう言うと、礼拝堂内部が揺れ始める。 すると周囲の血が一か所に集まり人の形を作る、 やがてそれは一人の長身の男を生み出した、 クロムウェルはその姿を見て驚愕の表情を浮かべる。 男はそんなクロムウェルに気さくな笑顔で話しかける。 「ごきげんよう陛下」 「ワルド子爵…君なのか…?」 クロムウェルは恐る恐る目の前の男―ワルドに話しかける。 「えぇ、私です陛下。ムンドゥス様のおかげでこれほどまでに素晴らしい力を手に入れることができました」 そうにこやかに言うと、詠唱もせずに、自身の一部を雷に変えた。 呆気にとられるクロムウェルにムンドゥスは続ける。 「この場の血に残る全ての魔力を再結晶しその男を作り直した。貴様等のいうメイジ十数人分の魔力をその男は持っている。 一人だが、人間よりは役に立つだろう」 そう言うと、天に浮かぶ三つの眼が消え始める。 「クロムウェル、必ずや聖地を奪還するのだ、さすれば我が魔界はこの世界に本格介入することができる…失敗は許さん」 「ははっ!必ずや聖地を奪還してご覧にいれます!」 その言葉に我に返ったクロムウェルは急ぎムンドゥスに膝をつく。 空は元の青空へともどっていた。 場面はまたも変わりトリステイン 魔法学院へと戻った次の朝からルイズの行動が変わった。 召喚されて数週間バージルもここの生活に慣れたのか使い魔、というより使用人の仕事を放棄していた。 今まではそれに対しルイズはわめき散らしていたのだが、この日に限って何も言わない。 自分のことは全て自分でするようになったのだ。 着替えも、普段はバージルが目の前にいようがお構いなく着替えていたのだが、 なぜか顔を真っ赤にしバージルに外へ出て行くように言いだした。 断る理由もないのでバージルは外へ出る。そんなバージルにデルフが話しかけた。 「おいおい、相棒、もしかしてもしかしちゃったりするんじゃないの~?」 「…?」 「気づいてるくせに~このぉ憎いねぇ」 「…??何を言ってるんだお前は?」 本当になんのことだかわからないといった表情でバージルはデルフに尋ねる、 「…相棒…もうちょっと女を勉強しろ」 デルフが心底呆れたように溜息を吐いた。 授業が始まる前、ルイズの周りにはクラスメイトで一杯であった。 この数日間、何かとんでもない冒険をして凄い手柄を立てたらしい、との噂が今一番の話題であった。 裏付け証拠に、魔法衛士隊の隊長と出発するところを何人かの生徒たちが見ていたのである。 何かがあるに違いない。そう思ったクラスメイトたちは聞きたくてしょうがなかった。 バージルに聞こうにも纏う雰囲気が怖すぎて近づけない。ゆえに矛先がルイズに向いたのだった。 「ねえルイズ、あなたたち、授業を休んでどこに行っていたの?」 クラスの代表者として話しかけてきたのは、香水のモンモランシーであった。 ルイズは澄ました顔で答える。 「なんでもないわ。ちょっとオスマン氏に頼まれたの、王宮までお使いに行ってただけよ。ギーシュ、キュルケ、タバサ、そうよね」 タバサは黙々と本を読み、キュルケは「ま、そんなとこよ」と適当に流した。 ギーシュは「そうそう、そんなとこだよ」となんだか話したくて仕方ないといった顔でうなずく、 事前にルイズにより「バラしたら姫様に報告するわよ」と釘を刺され、言うに言えない状況なのだ。 テンションがすっかり落ちたクラスメイト達は、やめだやめだといった感じに自分の席へと戻っていく。 ルイズの言動に腹を立てた人もいたらしく、負け惜しみを吐き捨てた。 「どうせ、たいしたことじゃねーよな」 「そうよね、ゼロのルイズだもん。魔法のできないあの子に何か大きな手柄が立てられるなんて思えないわ! フーケを捕まえたのだって、きっと偶然よ、あの使い魔が一人で倒しちゃったんじゃないの?」 モンモランシーが嫌味ったらしく言った。 流石のルイズにもこれにはカチンときた。しかし、実際活躍していないのも事実である。 ぎゅっと唇を悔しそうに噛み締めるが、何も言い返せなかった。 一方バージルはその日の授業は出ずに、図書館へと足を運んだ 誰もいない一角にたどり着くと、静かにデルフを引き抜く、 「さて、親父の…スパーダの事を話してもらおう」 「あぁ、そういやそうだったな。その前にちと訪ねたいんだが、 お前さんはこの世界の宗教…始祖ブリミルについてどのくらい知ってる?」 「宗教に縁はない、が少々聞いたことがある」 「どんなことだい?」 「強大な虚無の魔法を操っていたこと、それと、俺のこのルーンを含め4人の使い魔がいたことぐらいだ」 「何を目指したか、ってのは知らないんだな?んじゃ、そこの本棚からブリミルの伝説をちと探してみろ」 「…これか」 そう言いながら一冊の本を手に取りページをめくる、 「もうちょい先だ、あぁ、そこそこ、聖地の所だ」 デルフが止めたところを静かに読む。 そこには4人の使い魔を従え聖地を目指し旅をしたものの先住魔法を操るエルフ達により阻まれてしまい、 ついには聖地にたどり着くことができなかった、と書かれていた…… 「これがどうした?まさかスパーダがブリミルとやらの使い魔だった、とでも?」 「まさか、その逆さ。 スパーダはブリミルに敵対していたんだ」 「何だと?」 「そのままの意味さ、その本…というよりほぼ全ての歴史書にはエルフによって阻まれた、とあるが事実はそうじゃない。 エルフは特に問題にはならなかったのさ、ちゃんと聖地にはたどり着けたんだ。なんで知ってるかって? 実はな、初代のガンダールヴが握っていた剣は何を隠そう俺っちなんだぜ!」 自慢そうにデルフは語り始める。 「………」 「でだ、その聖地で待っていたのが、一人の魔剣士、スパーダだった。そいつが言うにはこの先には進んではならないと警告してきたんだ。 もちろんここまで来て引き下がるわけにはいかないさ、ブリミルと4人の使い魔はスパーダと戦った」 「(親父が…この世界に…?)それで…?どうなった」 「完敗だったよ、ぐうの音も出ないほどな。笑っちまうほど強かったぜ? ブリミル含め、全員が剣の一薙ぎで20メイルほど吹っ飛ばされた時は茫然としちまったよ、 つーか戦ってる途中マジで折れるかと思ったぐらいさ」 「…それが何故ここまで改変されている」 「認めたくないんだろうよ。 信仰するブリミル御一行がたった一人に、それも悪魔に、手も足も出なかったってのがね。 宗教ってものはそんなものさ、相棒の世界で何が信仰されてるかは知らないが、どれも似たようなもんなんじゃねぇの?」 そういうと愉快そうにカチカチとデルフが笑う、 「確かにな…だが、何故聖地にたどり着いたことまでも改変されている」 「それはだな…、スパーダの話だと、聖地の向こう側は魔界につながっているらしいんだ」 「何!?」 「スパーダは聖地の奥にある『地獄門』を守っていたらしい。開けちまったら大変だ、魔界と繋がっちまうってな」 「『地獄門』…」 「んで、ブリミルはそれを信じ、聖地を封印し後にした、ってのが本来の歴史だ」 「『レコン・キスタ』と呼ばれる連中が聖地奪還を目指すのは、何故だ? この本を見るに聖地にたどり着くことがブリミル教徒の目的と書かれているようだが」 「あぁ、大方ブリミルの弟子の中に魔に魅入られた奴がいたんだろう、 んで長い時間をかけ聖地奪還を浸透させたってとこだろ、ご苦労なこった。 あ、ちなみにこのことを人前で言うと異端で火刑だ、”気をつけろ”よ?」 デルフがカチカチと笑う。 「人は皆、潜在的に魔を恐れる…だがしばしば人は魔に魅入られ、恐れることなく闇の中を突き進む。 人間ってのは、おかしな生きものさ」 「話がつながった。礼を言う」 「いいってことよ!」 「(魔帝ムンドゥスの介入…聖地奪還を目指す『レコン・キスタ』…聖地の奥にある魔界に通じる『地獄門』…)」 線が繋がった。ワルドはまだ知らなかったようだが、裏で魔帝が手を引いている。 ハルケギニア支配などは本来の目的ではないのかもしれない。 この世界を征しようと・・・・・・ 若しくは自分を狙っているのか・・・・・・ 「面白い」 バージルはニヤリと笑う。 貴様が俺を追ってきているのならば、俺自ら貴様の首を取りに行ってやる。 バージルは決意を固める、必ずや魔界へ赴き、魔帝の首を取ると。 ガンダールヴのルーンですら永劫破ることはできないであろう強固な決意だった。 「しっかし皮肉だな。ブリミルの敵の息子が、ガンダールヴたぁね…」 踵を返し、図書館の出口へ向かうバージルにデルフが話しかける。 「…そうだな」 「んで、相棒、聖地へ行くのかい?」 「今すぐにでも行きたいところだが…情報がまだ足りんな。 それに…そこまでの道のりがわからん、多少なり路銀も必要になる。お前は何か覚えてないのか?」 「わりぃ、覚えてねぇな」 「まあ…期待してなかったがな」 「ひでぇな、ま、気長に情報を集めりゃいいさ…。お、ありゃタバサじゃねぇか」 バージルが視線を向けると、タバサがこちらに向かって歩いてきた。 「本、読めた?」 タバサはバージルに話しかける 「お前のおかげで読み書きも問題ない、礼を言う」 そう言うと図書館の外へ向かうバージルに、 タバサが話しかける。 「タバサ」 急に自分の名前を言い出したタバサにバージルは振り向き怪訝な顔をする。 「知ってるが…急に何だ?」 「呼んで」 何を言い出すかと思えば、そんなことか、とバージルは軽く鼻をならす。 「次に呼ぶことがあればな…」 そう言いながらバージルは振り向かず歩き去った。 タバサはどこか嬉しそうな表情を浮かべ(それこそよく見ないと分からないが) どことなく軽い足取りで図書館の奥へと消えていった。 バージルが部屋へと戻ると、ルイズのベットの前に シーツを天井から吊り下げた簡単なカーテンが出来上がっていた。 その中でルイズが着がえをしているのだろう、ガサゴソと音が聞こえてくる。 それを特に気にするわけでもなく、椅子に腰かけ図書館からこっそり頂戴してきた本を読み始める。 そうしている間に、カーテンが外され、ネグリジェ姿のルイズが顔をだした。 「あら?帰ってきてたのね?一日見なかったけどどこいってたのよ」 それに答えることもなくバージルは読書に耽る。 邪魔しちゃ悪いと思ったのか、ルイズはそのままベッドの上からバージルを見ていた。 やがて消灯時間となり、ルイズが声をかける 「そろそろ寝るわよ、明かりを消すわ」 その言葉とともにバージルがパタンと本を閉じる、 それを確認したルイズが杖を振り机の上の明かりを消し、ベッドに横になった。 バージルはそのまま脚と腕を組み、目を閉じる、バージルの寝床はたいていはこの椅子となっていた。 明かりが消え数秒後、ルイズががばっ!とシーツごと身を起こし、バージルに声をかける。 「ね、ねぇ、バージル?」 「…なんだ」 目を開け短く答える しばらくの沈黙、ルイズは顔を赤くして言いにくそうにしているのだが、バージルは気がつかない。 「用がないなら呼ぶな」 にべもなくそう言うと再び目をつむってしまった。 「えと、その……いつまでも、椅子ってのはあんまり…よね。だ…だから……その、ベッドで寝てもいいわよ?」 「断る」 鞘に収まった刀が抜刀されるがごとく、一瞬で答えが返ってきた。 「なっ…なんでよ…?別にかまわないのよ?」 あまりの速度にルイズは思わず肩をずるっと落とした。 「気遣いは要らん。最早慣れた」 「そ、そう?なら別に構わないわ…」 ルイズはおとなしく再びベッドに横たわる。 「(今さら…か…もう少し早くなら…)」 そう考えながらルイズが声をかける 「ごめんね、私なんかが召喚しちゃって」 「お前には命を救われた。そのことには一応感謝している」 「一応って何よ…」 「俺は、いずれ魔界へ行く」 バージルの口から飛び出してきた言葉に再びガバっと起き上がる。 「何ですって?」 「魔界へ行き、魔帝を討つ。そのために救われた命だ、お前には感謝している」 「何よそれ…」 思わずルイズが呟く、バージルが魔界へ?手も届かないほど遠くへ行ってしまう? そう考えると急に胸が苦しくなり、鼓動が速くなる。 「ダメダメダメダメ!!絶対ダメ!!」 突如頭を横に振り叫び出すルイズに静かにバージルは視線を向ける。 「何故だ?」 「なんでも絶対ダメ!魔界に行くなんて!そんなの絶対認めないんだから!」 「まだかかる時間も方法もわからんのに、気の早い女だ…」 「そんなの関係ない!あんたは私の使い魔だもん!絶対遠くになんか行かせないから!」 半ば涙声になって叫ぶルイズをあきれるようにバージルが見つめる。 「俺の命だ、好きに使わせてもらう」 そうあっさり言うと再び目を閉じる。 その言葉を聞いたルイズが枕を投げつける、それを片手で受け止める。 「あんたもウェールズ殿下と同じよ!残される人の気持ちをなんで考えないの!?」 「…知らんな。考える必要があるのか?」 そういいながら枕を投げ返す、 「ばかっ!ばかっ!ばかばかばか!大ありよ!このばか!」 自分のもとにもどってきた枕を叩きながら叫ぶ、 「理解出来ん。もう眠れ」 「もう!このわからずや!とにかく絶対行かせないんだから!」 そう言いながら頭からシーツをかぶり泣き出してしまった。 「くだらん…」 バージルは静かに呟くと、静かに目を閉じた。 前ページ次ページ蒼い使い魔
https://w.atwiki.jp/dai_zero/pages/88.html
前ページ次ページ鰐男 「最近ロクな仕事がないねえ」 ウエストウッドの森から馬で二日ほどの距離にあるドナイスットシャーの町 町はずれのパブ「略奪された七人の花嫁亭」で土くれのフーケことマチルダ姐さんは 酒瓶相手にクダを巻いていた 「しょうがねえだろ、ここんとこの内戦騒ぎで景気がいいのは傭兵ばかり。 “まっとうな”裏稼業の人間はみんなアルビオンを見限って下に降りてるよ」 そうぼやくのはパブの主人でこの地方の裏稼業を仕切る顔役 通称「サイコロ」(本名は誰も知らない) 「お前さんもさっさと飛び降りたらどうだい、例のスケベ爺のところなら 尻でも撫でさせてやりゃあいつでもまた雇ってもらえんだろ?」 「こっちにも事情があるんだよ…」 むっつりと酒瓶に写った自分の顔と睨み合うマチルダ 確かにアルビオンに留まっていてもジリ貧だ だがいくら頼りがいのある鰐がいるとはいえいつウエストウッドも戦場になるか わからない状況で家を空ける踏ん切りがつかない そんなマチルダを尻目にサイコロは鬱憤晴らしとばかりに王党派貴族派平等に 罰当たりな言葉を吐いている 「まったくヤなご時勢だよ、レコン・キスタの連中こんな小娘まで懸賞金つけて 追い回してんだぜ」 店主が取り出した手配書を見て口に含んだワインを盛大に噴くマチルダ 大分ディフォルメされているが目に優しくない原色ピンクの髪と こまっしゃくれた顔付きは間違えようがない 半年前まで学院長秘書を勤めていた魔法学校の名物生徒だった 同時刻 レコン・キスタの拠点の一つエジンバラ城 「では乾杯」 テーブルを囲んで祝杯をあげるクロムウェルと幹部達とそしてワルド子爵 ワルドの隣りには簀巻きにされたうえ猿轡をかまされたルイズがいる 「まったく大騒ぎをしたのが馬鹿みたいだよ、トリスティンからの密使がこともあろうに わが方のスパイだったとは!」 おかしくてたまらないといった調子のクロムウェル じたばたともがくルイズはフライパンで炒られる蜂の幼虫のようだ 「ではワルド君、ご苦労だが明日にでも皇太子のもとに赴き 手紙を回収してきてくれたまえ」 「それはいいですが別行動をとった連中はどうなっているのですか?」 そう、このSSのルイズとワルドは才人達とはラ・ロシェールで別れているのだ 「心配無用。港という港、街道という街道にこちらの手のものが目を光らせている。 奇跡でも起こらない限り…」 「起こったんだなあその奇跡が」 自信たっぷりなクロムウエルの言葉を遮るどこかのほほんとした声 「お前は!?!」 いつの間にか中二階へと続く階段の踊り場にデルブリンガーを抜刀した才人、杖を構えた キュルケとタバサが並んでいる 「ふぁひほ(サイト)ッ!」 歓喜の叫びをあげるルイズ 目に涙まで浮かんでいる (ああ今なら言える、本当は私アンタのこと…) 「よおルイズ、新手のダイエットか?」 (やっぱり駄犬ッ!!) 「やはり生きていたか、それにしてもここまで追ってくるとはな…」 憎々しげに才人を睨みつけるワルド 対する才人はどこまでも人を喰った態度を崩さない 「まあ色々あったけど詳しく説明してたら夜が明けちまう、キュルケがいて助かった とだけ言っとくよ」 色仕掛けですね わかります 「さてそれじゃあ…」 才人はじつにさりげない動きでタバサの背後を取り白いうなじに デルブリンガーの切っ先を突きつける 「杖を捨てろ」 その場にいた誰もが何が起こったのか理解できなかった 「え~と、とりあえず起きたまま寝てるとか変な薬キメてるとかはないよな相棒?」 間抜けとしかいいようのない声を出すデルブリンガー 「ちょっと!これは一体どういう…」 再起動したキュルケの抗議を制するように才人の右腕が閃く 稲妻の速度で繰り出されたデルブリンガーの刃はタバサの着衣を切り裂き 新雪のように輝く肌に傷一つつけることなく少女を生まれたままの姿にしてしまう そして逆手に構えた魔剣の刀身を瑞々しい張りに満ちたタバサの両腿の付け根に 押し当て感情の抜け落ちた声で繰り返す 「捨てるんだ」 【続く】 ttp //kissho1.xii.jp/7/src/7jyou13837.bmp 前ページ次ページ鰐男
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/6674.html
前ページ次ページKNIGHT-ZERO 動けば雷電の如く発すれば風雨の如し 衆目駭然、敢て正視する者なし これ我が東行高杉君に非ずや 伊藤博文 一人の男が居た オリヴァー・クロムウェル テューダー王家、レコンキスタ、委任統治国連合、次々と持主が替わるアルビオンの首都ロンディニウム 城下に散在する教会の中では上位に属する、聖堂教会で司祭をやっていた、聖職者に似合わぬ眼光の男 教会に付属した孤児院出身のこの男は、司教の娘と結婚することで教会の資金管理を牛耳るようになり それまで教会の資金源だった密造酒作りや、強圧的な祈伏と人夫の斡旋で得る寄付の収益を倍増させた 始祖ブリミルの教えを説く教会の中もまた金が正義で、それはある意味、商人の世界より冷徹な物だった 教会が行政の代行機関として、救貧所や感化院、施療施設の役割を担うのは中世地球のそれと変わらない ゆえに役人による取締りの範囲外にあり、教会は施政者と暗黒街が共用する便利屋としても機能していた 後に教会内の派閥争いで、他派の人間から教会の施設を使った禁制魔法薬作りでの糾弾を受けたことで オリヴァー・クロムウェルは失脚し、ロンディニウム塔で神の禊を受けさせるという名目で幽閉された その後、超国家貴族集団レコンキスタのリクルーター(徴募官)がクロムウェルの礼拝室を訪れた時 彼は自分が、その聖地奪還などと寝言を抜かす誘いに応じた理由について、自分でもよくわからなかった 彼が不正な方法で蓄財し隠匿した金塊や、高純度な品は銀よりも価値があったといわれる硝石や風石を 枢機卿や貴族に撒き、少々の工作を施せば、再び教会の実権を握ることはいくらでも可能だったが 彼は教会の司祭の仕事、修道士に信者の家や農地を騙し取らせたり、尼僧を使った売春組織を作ったり 教会に放り込まれる孤児に性欲昂進薬や堕胎薬を売らせたりする仕事に、いい加減飽き飽きしていた 彼は少年のような純粋さで面白い物を探し求めていた、自らの全能を求められる闘争を欲していた クロムウェルはレコンキスタの中でもまた、その資金調達能力と対立勢力の積極的な除去で頭角を顕し レコンキスタがアルビオン国内を進軍し、首都奪取の計画が進む頃には参謀として参加していたが 後にレコンキスタが行ったロンディニウムの無血開城に反対したことで、組織の中央から排斥された 王家との直接戦闘を避けてばかりのレコンキスタ上層部は、彼にとってまことに面白くないものだった かつて自分をその策略ごと葬った教会のように、愚者が強くなることを恐れるのはどこも同じだと思った 彼の提起した理論さえ実行されれば、平民と少数のドットメイジを中心としたレコンキスタの私兵でも 多角メイジの集まる王室正規軍や他国の貴族義勇軍、戦争経験豊富な平民傭兵とも充分以上に渡り合えた 彼が教会の孤児として、街でスリやポン引きをやらされていた時に何度となく見たメイジと平民の喧嘩 しばしば殺し合いになるそれを見て得た経験則に加え、今までの地位を利用して積極的に集めた記録 一人のドットメイジには2人の武装平民 一人のラインメイジには4人の平民銃槍兵小隊 一人のトライアングル・メイジには8人の平民中隊と平民下士官 一人のスクゥエア・メイジは16人の平民混成部隊とメイジ士官 それだけの数を投入すれば勝てる 水ドットメイジの攻撃は平民傭兵5人に匹敵し、風スクゥエアメイジの魔法は一個大隊と渡り合えるという それまでの常識が、各々の魔法に特化した状況でのみ有効な戦力計算式であることは一部で知られていた ゴーレムは平民にも操作可能な城門破壊木槌による攻撃に弱く、火の魔法は物理的な水攻撃で減力できる 風の遍在は、無風の室内では発動が限定され、それぞれの魔法はその系統特有の弱点を有していた 彼は中国の五行思想に近い各系統魔法の相互拮抗を応用し、そこからメイジ殺しの理論を編み出した アルビオン王家が擁する王国軍や、その姻戚関係にある諸国から集う貴族義勇兵の構成と戦術を見る限り 侍が槍を振り、平民は足軽や鉄砲方、荷駄として、帯刀した侍の手柄を助ける中世、近世の日本のように 当時の戦場における前線での戦闘は専らメイジ頼りで、傭兵が中心の武装平民はその補助に過ぎなかった 平民が貴族を制する方法を思案、研究するのは、メイジの役割を定めた始祖への冒涜と言われていたが 戦術的な必要上、研究と小規模な運用を始めて間もない諸国に先駆け、体系的な理論を完成させたのは 始祖ブリミルに、そこそこの集客力以外の価値をさほと認めていなかった元司教、クロムウェルだった 指揮と戦術を受持つメイジさえ居れば、平民兵は現地での徴募、強募と速成教育でいくらでも調達できる 教会でそうしたように貧民街で金を撒けば、街の食い詰め者が集まり、人の集いは更に大きな集合を呼ぶ それでも足りなければ孤児院から丸ごと攫ってくればいい、少年は兵士に、少女は兵站や慰安に使える 新生アルビオン王国の自壊を、それ以前に更迭され、中央から外れた位置で眺めていたクロムウェルは レコンキスタの総帥、たまたまその時に頂点に祭り上げられたテューダー王家の落胤と自称する貴族に 王都攻め実行者の粛清を囁いた、彼は甘言に乗り幹部を処刑した後、クロムウェルによって毒殺された クロムウェルは事前の根回しと偽造していた後継者指名書を手に、レコンキスタの頂点に納まった 受け継いだのがテューダー王家を倒し、始祖の時代から続く国家を統べていたレコンキスタではなく ハルケギニア三国による圧力で自壊させられ、離散と資産没収で満身創痍の地下組織であることが クロムウェルにとって喜ばしいことだった、組織と女は肥え太っているより、弱った傷物に限る これで少しは人生が面白くなると思った クロムウェルは早速、スコットランド高地、巨大竜の伝説で名高い湖のほとりで自身の理論を実践し始めた メイジに戦術や戦略を教える学校を設立し、食い詰めた平民を徴募して飯を食わせ、武器を密造し始める 平民の下の身分、賎民達も受け入れて等しく兵卒の階級を与え、訓練で技能を示した者は下士官に任じた それらの整備に必要な多額の資金を献金してくれたのは、意外なことに占領国の一つであるガリアだった 飛竜で密かにネス湖から越境した花壇騎士が運んでくる金塊を見ても、クロムウェルは深く考えなかった 天才宰相と名高いモリエール夫人と、その背後に見え隠れする無能王ジョゼフの策謀には興味は無い あの青ヒゲの王様が企むケチ臭い国盗りの捨て駒になる事は、彼にとっては些細なものに過ぎなかった 彼の意識にあったのは、このつまらない世界の流れに直接触れられる、長くともあと数年の鮮烈な時間 それから後、この地が変わり、人が変わり、己が年寄りになった時のことなんて考えたくもなかった 花は散る物、枯れて種を残すなどというおぞましい真似を晒す位なら、さっさと地獄の鬼に会いにいく ただ、その過程でこの空中国家と眼下に広がる大陸を、自らの手で激しくブン回せれば、それでよかった それが、生きるということだった クロムウェルは、自身の理論を体現させたレコンキスタの平民兵と貴族士官を 奇兵隊、と呼んだ アルビオンの西、トリスティン王国による統治を受けながら、内戦前とさして変わらず平和なアイルランド ルイズとKITTは、アンリエッタ女王直属の特務情報士官として、首都ベルファストに居た 本国の議会や王室の人間は、ヴァリエール家令嬢の物見遊山に間諜としての仕事をさほど期待しておらず ルイズは、その期待無き期待に応え、軍属少尉の薄給を補うバイトに励んでは、賭け事で散財していた 時に駐留軍の将官やアイルランド政府の閣僚も訪れる、魅惑の妖精亭で働くようになった副産物として ルイズは酒場での会話や密談、駐留軍本部の傍聴よりもよほど実のある情報を収集できるようになった 傭兵、軍人、行商人、あらゆる流れ者が集う酒場での会話の中で、ルイズは気になることを耳に挟んだ ある篤志家の司教がスコットランドの片田舎で、平民や下級メイジを集め、農場を開いているらしい 視察に立ち寄った役人の話によると、農民達は畑仕事をしながらもボール遊びや素人芝居に興じていた ボール遊びが軍隊に必須の連携を学ぶためのもので、芝居は平民兵の戦闘力を倍増させる識字率向上教育 舞踊はメイジによる魔法攻撃を無力化する接近戦の鍛錬だという事には、当事者以外の誰も気づかなかった クロムウェルによって作られた農場、その本来の姿である奇兵隊の訓練施設としての機能が整った途端 彼は間髪入れず行動を開始した、今まで待つ事の多かった人生は、その在る空中国家ごと激しく回り出す スコットランド北部湖畔にある共同農場、旧ソ連のコルホーズに酷似したそれが文字通り動き出した 農場で生活していた平民や貴族達が、家畜や農産物、そして武器を持ったまま徒歩で移動し始めた まるでその農場が一個の巨大な生き物になり、長い冬眠から覚めて餌を求めるべく動き出したかのように アルビオンを統治していた三国に既に存在を知られていた大規模農場、既に一つの国に近い体裁の集団 植民地での戦略を受け持つ各国の参謀達の間では、彼らが武装蜂起する可能性については検討されていた 本拠であるスコットランド東部には首都ロンディニウム、越境し北進すればガリア領イングランドがある その集団は三国の予想に反し、スコットランド、イングランドの都市を無視するように西へと動き始めた 西には戦略上の意義に乏しい農村があるだけ、すぐにアルビオン本島の果てにある海峡に行方を阻まれる 地上における大陸の海峡と異なる、空中大陸の海峡、その岬の先にあるのは、雲海と数千mの奈落の底 そして、数箇所のか細い陸続き部分を越えた先は、アルビオンのお荷物と言われる田舎島アイルランド 動き続けるクロムウェルの奇兵隊、隊士達と旅を共にする家畜は穀物を運搬する移動食料倉庫となり 生きた牛馬は中途の村で、他の資源を入手する高額貨幣になり、当然、家畜それ自体も残らず食料となる 夜間にはサハラの遊牧民に似た円形天幕にカマドを設けて野営し、夜明けと共に再び移動を開始する 人数は移動する毎に増えていった、彼らは潤沢な資金で途中の村に平和的に接触し、穀物や水を買った後 村の畑や水源を破壊することで、村人の中で働き手になりうる者を根こそぎ、半ば強制的に寡兵した 兵士として使えぬ子供や老人は、寡兵した兵士には教会が保護したと偽りながら、不毛の村に置き去った それはアルビオンを三つに分けた統治国家のどこにも属さない、移動する国といってもよいものになった スコットランドで起きた大移動についての情報は、遅れながらもルイズの居るベルファストに入ってきた 奇兵隊の行動を立案遂行したクロムウェルのブレーンの中にも、地球からの召喚者が居たのかもしれない 首班であるクロムウェルが、その膨大な人民移動を「長征」と称してるのを聞き、スカロンはヘドを吐いた クロムウェルの率いる移動農場、武器を巧妙に隠した彼らの、武装蜂起無き進軍は各国に危惧を与えたが 呉越同舟の三国による委任統治という、重大な決定に不向きな政治体裁が、その対処の遅れを産んだ 自国に害が及ばないと知ったゲルマニアやガリアの統治軍総督府は、彼らの討伐には消極的な態度を示す 以後の安定した収益のため、初期投資に金がかかる植民地運営、三国の台所事情は揃って渋かった 元より武力衝突による国家疲弊を避けるための分割統治、空中大陸アルビオンの植民地としての収益性は 決して良好なものではなかった、歴史的に戦争と占領に慣れたガリアやゲルマニアの政治的な上層部は 植民地駐留を続けながらも、政情不安が増大した折にはさっさと計画倒産的な撤退をする事を決めていた この世界の王族や施政者はある意味、コンコルドやユーロファイター、スマートカー、あるいは世界大戦 欧州共同事業という貧弱な果実に夢をみて銭失いをした、地球の人達よりは賢明だったのかもしれない 移動農場の脅威に晒されることとなったトリスティン王国はといえば、国家間戦争の経験には乏しい国 貴族達は「外交努力」でゲルマニアやガリアの軍を、何とか替わりに動かすことにばかり熱心になった 今までそれを可能にしていたのは資金援助や借款、今回ばかりはトリスティンにもその余力は無かった 迷走は空白を産み、クロムウェルがゲームの初盤で最も必要としていた移動と準備の時間を稼ぎ出した 彼の理論の一つである、アルビオンのパブで行われていた遊戯からヒントを得た、「ドミノの原理」 最終的にハルケギニア北部三国を仮想敵とするならば、緒戦で最強の敵に当たるよりもまず現状で最弱の トリスティンを手中に収め、それによる影響で他国を動揺させれば、小国が大国を制する事も可能になる 一時的な不可侵協定で安心させた後に、協定破りの電撃的な侵攻で要所を次々と奪るという方法もある 奇兵隊によるイングランド奪取という八百長試合を行うため、ガリアから密かに派遣された執政官からは それを交渉のタネに戦わず有利な条件で講和するという策が提示されていたが、それでは興が無さ過ぎる 彼の壮大な遊戯は始まった その最初のターンである、トリスティン統治下アイルランド奪取に必要なアイテムは順調に揃いつつあった 前ページ次ページKNIGHT-ZERO
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/4568.html
前ページ次ページゼロのエルクゥ その身の丈は3メイルほどか。オーク鬼より一回り大きく、トロール鬼やオグル鬼よりは二周りほど小さい。 でっぷりと腹の出た鬼どもと違い、鍛え上げられた逆三角形を連想させるスラリとしたフォルム。その姿は狼が二足歩行に立ち上がったようであり、亜人というよりも獣人といった方がふさわしい。 確かに見たことがない種族だったが、大きさからいって、5メイルのトロール鬼兵士が振るう棍棒の一撃に耐えられるはずがない。 耐えられるはずがないのだ。なのに。 ―――ばしゅっ、と血風が舞い、上半身の右半分が丸々吹き飛んだトロール鬼兵士が、地響きを上げて崩れ落ちる。 なのに、なぜ。 ―――別のトロール鬼兵士が振り下ろした棍棒が、軽々とその掌に受け止められる。左手に握られている剣が一閃、トロール鬼の首を綺麗に斬り飛ばした。 なぜ、この『鬼』は事も無げに、それらを屠りながら前進してくるのだ。 そう、オークやトロールなど、『鬼』という言葉を使うにはあまりにも惰弱に過ぎる。そう、思わせられる。 目の前のこれこそ、まさに『鬼』。その表す意味に、最もふさわしい存在だ。 ―――ゴォゥッ、と風を巻き、背後にいた指揮官のメイジから『フレイム・ボール』の魔法が『鬼』に向かって放たれる。 普通の人間がまともに受ければ、炭の塊になる火の玉。 その光景も、何度も見た。 ―――『鬼』が左手の剣を振るう。火の玉と剣とがぶつかり合い……『フレイム・ボール』は、跡形もなく消え失せてしまうのだ。まるで、その刀身が炎を吸い込んでいるかのように。 「ひぎゃあああああああああああああっ!!!」 どんっ。軽い地響きがして、黒き『鬼』の姿が掻き消える。直後、響き渡る断末魔。 ものすごい速度でジャンプし、手前の槍ぶすまを飛び越え、先ほど『フレイム・ボール』を放った指揮官のメイジが叩き潰されたのだ。……文字通りの意味で。 「ば、化け物おおおっ!」 「なんだっ、なんなんだあああーっ!!?」 腕を振るい、脚を振るい、剣を振るい、その度に血飛沫が舞う。平民も、貴族も、亜人も……その前では、全て獲物に過ぎなかった。 自分は、手に持っていた愛銃を構える気も起こらなかった。これまで数多の戦場でメイジを十は撃ち抜いた自慢の相棒だったが……そんなもの、あれに効くはずもない。 「■■■■■■■■■■■■■■■ーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!」 」 意識を黒く塗り潰すような咆哮。 自分はその甘美な誘いに抗う気も起きず……幸運な事に、そのまま気を失う事ができたのだった。 § 勝ち気に逸っていた『レコン・キスタ』軍は、急転直下、死地へと投げ出された。 突如現れた、謎の『鬼』が想像を絶する力で暴れまわり、前線の将兵をことごとく薙ぎ倒している、と。 命からがら後退に成功した兵、高地ややぐらからの物見、また風のメイジによる遠見の魔法、それら全てが伝えてくる出来事は、その荒唐無稽な報告が事実である事を示していた。 最前線を担っていた二個大隊のうち、果敢にも(あるいは所詮一匹だと侮って)それに立ち向かっていった者は、平民貴族亜人正規傭兵を問わず、ことごとく死んだ。 勝ち戦にある者は、死にたくないものだ。 死んではせっかくの勝利の美酒を味わう事が出来ない。略奪する宝、戦功への恩賞、武勇に与えられる名誉……それらが惜しくて、命を惜しむ。 利益を惜しみ、命を惜しむ者が、誰構わず死と恐怖を振りまく正体不明の化け物に立ち向かっていくわけがあろうか。 二個中隊、およそ数百の歩兵や指揮官のメイジがその爪にかかり、腕に押し潰され、脚に踏み潰され、剣に首を飛ばされたところで―――勝利を確信し、その先の略奪に思いを馳せてすらいた正面隊の士気は完全に崩壊した。 兵達は犬死にを恐れて散り散りに逃げ出すか、恐怖に気を失うか、やぶれかぶれにニューカッスル城に突撃し、城壁の守りに散らされていった。 そしてその化け物は、今も目に付く者全てに襲い掛かり、殺戮を繰り広げている―――。 § 殺す。 ―――爪を振るう。槍を構えていた兵士が六枚に下ろされて絶命した。 殺す。 ―――腕を振るう。折れた槍を捨てて脇差を振りかぶった兵士の上半身が、空き缶のようにひしゃげた。 殺す。 ―――跳び上がる。着地点にいた銃兵が、足の裏の下敷きになって落としたトマトのように潰れた。 殺す。 ―――剣を振るう。飛んできた魔法がその刀身に吸収され、ついでに近くにいた兵士数人が、山刀に刈られる背の高い草よろしく、それぞれ適当なところを斬り飛ばされてもんどりうった。 殺す。 殺す。殺す。殺す。 儚く消える間際に、命の炎が一際燃え上がる。だが、そんなものはどうでもよかった。エルクゥの悦びなど欠片も感じない。 あるのは、ただ炎。それは蝋燭の消えゆく炎ではなく、そのまま本人を包み込んでその身を荼毘に伏す業火。 「かははっ、なんてぇ心の震えだ! いいねぇいいねぇ、主人の仇討ちに震えるハート! 燃え尽きてヒート! ガンダールヴ最後の大仕事だぜえ!!」 漆黒の肌の中に、眩しいほど煌々と光を放つ左手のルーン。そこに握られた剣が景気よく声を出し、目前に差し迫った『ジャベリン』の魔法による巨大な氷の矢を、瞬時に蒸発させた。 「■■■■■■■■■■■■■■■■■■ーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!」 呼応するようにエルクゥが咆哮を上げる。 だんっ、と血染めのその場から、『ジャベリン』が放たれた方向へとまっすぐに跳躍し―――その風のトライアングル・メイジは、刹那の後に絶命した。 § 軍隊、というのは、人間社会での集落同士が戦う為の組織である。 それが戦う事を想定しているのは、同じ数、同じ種類の人間だ。どれほどの腕があろうと、それが『人間』という枠に収まる以上、一人の達人では十人の雑兵に勝てない。 数の力。そういう理屈だ。 しかし。人ではない、たった一体の超越者と戦うには、軍隊は向かない。千を集め、万を集めても、その『数』という力を発揮出来ないまま無駄に命を散らすだけだ。 ドラゴンの暴君を討つのは、軍隊ではなく、英雄なのだ。 まだドラゴンなら、巨大なドラゴンならば、千の兵士によって一斉に銃を撃つことにも意味があるかもしれない。その巨体には、千の銃弾を集める事が出来るのだから。(逆に言えば、ドラゴンの炎の息も、百や千の兵を一斉に焼く事だろう) しかし、3メートルしかない少し大きな人型程度には、百人の兵士を殺到させたところで百人が同時に斬りかかれるはずもない。千人でも万人でも、せいぜいそれを相手に発揮される『数』の力は十人分。 その十人分を蹴散らすぐらい、超越者にとっては呼吸をするにも等しい。呼吸の回数が百回だろうと千回だろうと、それは等しく『時間の問題』でしかないのだ。 さらに『数』を増やそうとその外から弓や銃、魔法を撃てば、その近くにいる味方に当たるかもしれない。百人が一斉に囲めるような距離があっても、その人型は跳躍一つで銃の射程など飛び越えてくる。 業を煮やし、使い捨ての傭兵など知った事かと広範囲に及ぶ魔法をぶっ放した貴族などは、化け物の持つ剣に魔法を無効化された挙句、周囲の傭兵達によって逆襲を受け、それを守る兵との同士討ちが始まっている。その隊は、もはや軍としての用を成さないだろう。 前線のそんな混乱ぶりを間近で見ていた後方の隊では、機を見るに敏な傭兵や、戦の経験のない徴募兵が、次々と逃亡を始めていた。 堅城を落とす為に集められた五万の軍。それは、たった一匹のエルクゥに、全くの無力であった。 「……なんという」 ニューカッスル城の天守からは、『レコン・キスタ』軍五万の呆れ返りたくなるように巨大な陣容が一望できた。横っ腹への奇襲など微塵も警戒していない、岬の突端に位置する城の城壁にただひたすら殺到する為だけの、縦に長く伸びた突錐陣。 そして、今まさにその只中で殺戮の神楽を踊り続ける、使い魔の姿。 それを眺めるウェールズには、それを戦いと呼ぶのは憚られた。殺戮か、虐殺か……それとも、狩猟か。見るものを圧倒させる五万の陣は、瞬く間に見るも無残な血の海へと変貌していく。 「今なら、我らごと逃げ延びる事も可能かもしれませんな」 「……かもしれないな」 傍らの侍従の呟きに、ウェールズは重く頷いた。 城壁に張り付いてくるはずだった無数の兵がことごとく血に沈んでいく。もはや前線に展開していた部隊は壊滅状態だった。恐慌状態のままその横を走り抜けて城壁に取り付く兵士も散見されるが、見張りの兵だけで追い散らせる程度だ。 「まあ、逃げ延びる先がない我らには、ここを守るしかないのだがね。我らの名誉ある敗北は、彼に譲ってしまったのだから」 「いや、そうとは限りませんぞ」 「……パリー?」 かつて『鉄壁』の二つ名を欲しいままにした初老の侍従。その衰えぬ鋭い視線が、眼下に広がる五万の軍容の、そのさらに向こうを睨みつけている。そんな気がした。 「殿下、およそ全ての戦いと呼べるものには、一つの鉄則がございましてな」 「ほう。その心は?」 「『攻撃は最大の防御』と言うものです」 § 「もう一度報告を繰り返せッ!」 「は、はっ! 本日一〇一七、ニューカッスル攻略部隊が敵の襲撃を受け、先陣を担っていたハイランダーズ連隊は全滅。連隊長サザーランド侯以下、第一大隊長ランカスター伯、第二大隊長アーガイル伯、全てご殉死なされました」 全滅した隊のは言うに及ばず、後方の隊の傭兵や徴募兵までも逃亡を始めており、被害は今なお増大中、というその報告は、怒鳴り返した幕僚長には全く理解の出来ないものだった。 「敵の戦力は!? あやつら、玉砕覚悟で打って出たか!?」 「は。そ、それが……」 「何だ! わからんのか!?」 「て、敵は、一騎の亜人であるとの事です!」 搾り出すように叫んだ若き伝令の仕官の言葉に、簡素な野陣テントにしつらえられた軍議の場がざわついた。 「貴様、冗談を聞いているのでは―――!」 「詳しく説明しなさい。騎士ノーマン」 「ク、クロムウェル閣下……」 激昂しかかった幕僚長を遮ったのは、中心に座っていた司教服の男であった。いかつい勲章ときらびやかなマントばかりのその中心には、この場にそれ以上ないほど不似合いな、緑色の法衣姿がある。 『レコン・キスタ』総司令官、オリヴァー・クロムウェルが、顔の前で手を組み合わせ、テーブルに肘を付いていた。 その傍らには、真っ黒いローブに身を包み、フードで顔を隠したその秘書が侍っている。わずかに垣間見える口元や体つきから見るに、中肉中背の、青年と少年の境目にある男性、という風情だが、クロムウェル以外の誰も、その顔を見た者はなかった。 「ヘイバーン統幕僚長。怒りは我らの鉄の結束を崩す。冷静に報告に耳を傾けたまえ。疑問があれば、理でもって問いたまえ。彼は年若くして竜に認められた、誠実で誇りある騎士だ。余が保障する。偽報であるかどうかは、彼の責にはない」 「は、はっ」 「さあ、詳細を、我らが同志ノーマン」 にっこり、と笑いかけた司教に、伝令仕官は平伏して答えた。 「手に持った剣で魔法を弾き、風のメイジ以上の俊敏さを持ち、トロール鬼以上の力を振るう見た事もない『鬼』と報告が上がっております。突如としてニューカッスル城門前に現れ、襲い掛かってきたと」 「それが数千の我が軍を殺し尽くしたと? 信じられぬ話だが、間違いはないのだね?」 「はっ。全ての物見が、同じ事実を報告致しました。自分も伝令に飛び立つ際に報告どおりの姿を見ましたが……その勢いは全く衰えず、我が軍を、蹂躙しておりました」 場が静まり返る。その場にいるのは全て軍部の高官だったが、皆、『信じられない』といった表情を浮かべている。 目を閉じて黙り込むクロムウェルの耳元に、傍らの黒いローブの人物が口を寄せた。 丈の長い漆黒のローブが重力に引かれ、二人の顔を隠す。 その裏で、威厳と不気味さを保っていた二人の相好が―――盛大に崩れた。 「どどどどどどーしようサイトくん! そんな化け物の事、知ってたかい!?」 「お、俺だって知りませんよ! ジョゼフの野郎もそんな奴がいるなんて一言も……!」 「さ、サイトくんのマジックアイテムで何とかできないのかい!?」 「一匹でメイジ込みの数千人ブチ殺すような化け物倒せるアイテムなんて貰ってませんて!」 「どーしよ!?」 「どーしろと!?」 「バス降りて歩いてたら」 「後ろからイキナリ!?」 「ところでサイトくん、『ばす』ってなんなのかね?」 「えっと、俺の世界での乗り合い馬車っていうか……って現実逃避してる場合じゃないですってクロさん!」 「だ、だって、どうしろっていうんだい?」 「と、とりあえずあの騎士さんを下がらせて、ここの人達にアイディアを出してもらいましょう。もう間が持ちません」 「う、うん。わかった。―――落ち着きたまえ、同志諸君。指揮官が取り乱しては、兵が不安がりますぞ」 二人が体勢を戻し、ごほん、とクロムウェルが咳払いすると、騒然となっていた軍議の場はさあっと静かになった。 「忠実なる我等が騎士ノーマン、貴重な報告ご苦労であった。貴君のもたらした情報は、必ずや我が同志達を勝利へと導くであろう。下がってゆっくりと休み、次の任務に備えたまえ」 「はっ!」 クロムウェルが何度も頷き、笑顔を浮かべると、伝令の竜騎士は深く頭を下げて退室していった。 「さて、諸君、親愛なる我が『レコン・キスタ』の同志諸君。今の報告を真実だとして、どのような対処をするべきだと思うかね?」 その言葉に、軍議は再び紛糾を始めた。 どのような化け物でも五万の軍勢には勝てまい。いや被害を無闇に広げるだけだ一度全軍を下がらせて正体を見極め選りすぐりの竜騎士で討伐すべきだ。いやいやそれでは王党派に時間を与える事になる宣戦布告破りが他国にばれようものなら我等の正当性が問われ―――。 「……なんとかなりそうっすかね」 「……その化け物って、何者なんだろうね」 「さあ……敵の秘密兵器かなんかでしょうか?」 「報告します!」 「「っ!」」 息を切らせた伝令兵が陣幕に飛び込んできたのは、議論の熱が高まり、ひそひそ話をする総司令官と秘書の顔に落ち着きが戻ってきた時だった。 「何事だ!」 「お、王立空軍の旗を掲げた艦が、この陣に向かい最大戦速にて突撃してまいります!」 その報告に、高官達は先ほどまでの舌の熱も忘れ、文字通り跳び上がって驚いた。 § 「弾薬は全て下に向けて撃ち尽くせよ! 敵の艦など相手にするな! イーグル号、及びその乗員はこれよりその全てを以って『レコン・キスタ』本陣への弾丸となる!」 『鉄壁』の号令に、おぉぉー! と艦中から鬨の声が上がる。 「『鉄壁』の名にふさわしくない荒っぽさだね、パリー!」 「言ったでありましょう、『攻撃は最大の防御』ですとな! それとも殿下には、座して死を待つ趣味がおありでしたかな!」 「まさか!」 機動力を重視した設計の、その最大戦速にて五万の兵を飛び越えていくイーグル号の甲板で、主人と侍従は抑えきれぬ笑みを漏らしていた。 「狙うは総司令官、オリヴァー・クロムウェルの首級のみ! おのおのがた、気張りなされよ!」 どんっ! と腹に響くような重音とともに、敵艦の砲撃が船体を掠めていき、イーグル号が大きく揺れた。 甲板にて杖を構え、楽しくて仕方ないという風に顔を歪めるメイジ達に、取り乱す気配は全くない。 「総員、突撃ぃっ!!!」 怒号と共に、二百余名のメイジ達はマントを翻し、こぞって甲板から飛び降り始める。 その眼下には、開けた地に張られた野陣がある。『レコン・キスタ』軍、ニューカッスル攻略拠点の陣であった。 前ページ次ページゼロのエルクゥ
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/6678.html
前ページ次ページ重攻の使い魔 第12話『One Man Rescue』後編 ニューカッスル城の玄関ホールには、勇敢にも避難せずに残留した300人の人々がひしめいていた。数少ない王軍を構成する彼らのほとんどはメイジであり、護衛の兵士は10人かそこらしかいない。つまり反乱軍レコン・キスタの歩兵部隊が、現在の拠点であるこの城に肉薄した時、王軍はそれを押し返す腕力がない。懐に飛び込まれれば、数で圧倒しているレコン・キスタに対抗できるはずはなく、短時間で落城することになる。岬の先に建設されているニューカッスル城の地の利を生かし、目前の森を突破した敵部隊が必然的に収斂した所を魔法で迎撃する以外に、彼らの取れる作戦はなかった。そして数少ない護衛兵は、全員が城の門前に配置された。 元より勝機があるなど考えてはいない。しかし、一人でも多く敵兵を道連れにする。それだけが彼らを突き動かす原動力だった。国を奪おうとする不届き者。その不届き者に蹂躙される王軍は、それ以下の存在なのか。否、そのようなはずはない。かつての統治者としての誇り、他人から見て犬死することがどれだけ無様であっても、最早彼らが自らの存在を示すには、そうする以外になかった。 「我々はこの日、聖地を奪回するという夢物語を掲げる反乱軍レコン・キスタに敗北を喫することであろう。朕は忠実なる臣下の諸君が、傷付き斃れる様を見るのは忍びない。反乱軍に国を奪われるという事態を招いたのは、全てこの無能なる王の責任じゃ」 玄関ホールに設えられた簡易の玉座から立ち上がり、王座を追われた王、ジェームズ一世が敗北以外にない決戦に臨まんとする人々に演説していた。立ち並ぶ人々の目には涙が溜まり、むせび泣いている者すらいた。年老いた王はそのような臣下を眺め、同じように目尻を涙で湿らせる。そして、一際大きな声で宣言した。 「だが! 朕は諸君らを置いて逃げはせぬ。諸君らの命は朕の命、朕の命は諸君らの命、斃れる時は一蓮托生じゃ! 確かに我らは斃れよう。しかし、斃れる者にも意地がある! 一人でも多く、あの恥ずべきレコン・キスタを道連れにしようぞ! 王家の誇りは我らにあり! 全軍前へ、王家の誇りを見せ付けよ!!」 ホールは割れんばかりの歓声に包まれる。傷付き最早死に体の狼による最後の雄叫びは、窓にはめ込まれたステンドグラスを震わせ、秀麗な装飾の施された重い扉を震わせ、ついには城そのものを揺るがした。 その雄叫びの反響するホールを、この場にあっては異質な人間が通りかかった。トリステインからの大使であるルイズと、その使い魔である2.5メイルもの巨体を持つライデンである。異質な存在は他人の目を引くもの。ジェームズ一世は一段高い簡易王座に立っていた為に、いち早く少女の存在に気が付いた。 「おお、大使のラ・ヴァリエール嬢! なぜそなたがここにおるのじゃ? イーグル号で脱出したのではなかったのかね?」 王の様子に、人々は後ろを振り向く。そこにいた少女は昨日見かけたときに比べ、瞳に生気が宿っていなかった。遠目で眺めていたものは気が付かなかったが、すぐそばで少女の顔を見たものは皆背筋を震わせた。全身に包帯が巻かれ、片目が隠されている少女は、まるで黄泉より彷徨い出てきた幽鬼のような様子だったからである。 しばらくすると、皇太子が肩を借りながらホールへとやってきた。王は息子の傷付いた姿に驚き、先ほど礼拝堂で起きた事件の説明を聞くと、皺が深く刻まれた顔に怒りを走らせた。 「レコン・キスタめ……。どこまでも恥知らずな者たちだ!」 王は少女を見据えると、年相応の優しげな声で語りかける。 「ラ・ヴァリエール嬢。息子を暗殺という不名誉な死から救ってくれたことを感謝する。君も信じていた者に裏切られ、さぞかし苦しいことだろう」 無言で王を見据える少女は何の反応も見せない。王は構わず話し続ける。 「我々としても君を逃がしてやりたいのは山々じゃ。しかし、もうそれも出来ぬ。……申し訳ない」 王が頭を下げるのを見て、臣下たちは涙ぐむ。守るべき大使すら無事返すことが出来ないとは。 落ち込む人々を前にして、少女は大声ではなく、かといって小さくもない声量で答える。 「……構いません。わたしも、戦います。一人でも多くあの恥ずべき、果てしなく汚らわしい反乱軍を道連れにしてみせます」 少女の言葉を聞き、玄関ホールは再び歓声で包まれる。 「おおお、何と勇ましい言葉じゃ! 皆の者、聞いたか! 大使は我が国のために杖を取ると言っておられる! 王軍として遅れるでないぞ! さあ、最後の戦へ向かおうではないか!!」 人々は皆叫んでいた。アルビオン万歳、トリステイン万歳、ラ・ヴァリエール万歳、内容は様々であったが、ルイズの参戦に彼らの士気は最高潮となっていた。 しかし、そのように盛り上がる人々を前にしても、少女は何一つ表情を変えることはなかった。赤い巨人を連れて、一足先に城の外へと向かう。ライデンをしても悠々と通過できるほどの大きな玄関扉を潜ると、数リーグ先には森が広がっている。おそらく、今も総攻撃のために兵士達が身を潜めているのだろう。少女と巨人は、王軍が陣取る位置よりもやや前に進んで、そこで立ち止まった。そこに後ろの扉から王軍がわらわらと出て来はじめ、当初の予定通りの配置につく。 少女は誰にも聞こえないほどの声で呟く。 「消し炭にしてやる……」 レコン・キスタの総攻撃まで、あと数刻。 アルビオン王家を打ち倒し、革命を成功させるという華々しい瞬間に立ち会うため、レコン・キスタ総旗艦レキシントンはニューカッスル城より十数リーグ離れた地点に陣取っていた。歩兵・メイジ仕官によって構成された部隊が地上から進軍し、攻撃艦隊は空中より全艦一斉射による攻城を行う。甲板にて待機している竜騎士隊は、斉射が終了すると同時に出撃、地上部隊と連携して残存戦力の掃討にあたる。 レコン・キスタ空軍艦隊司令部所属、レキシントン艦長ヘンリー・ボーウッドは、かつてロイヤル・ソヴリンと呼ばれた艦の後甲板にて憂鬱な気分になっていた。これより自分は一年前には主君と仰いでいた人々を殺めることになる。軍人たるもの政治に口出しするべきではない、という信条を掲げてきた彼であったが、今になってそのような意地など捨てて王党派に組みするべきではなかったのかという迷いが首をもたげてきた。反乱軍に参加した上官に従うままにレコン・キスタに編入された彼にとって、レコン・キスタは忌むべき王権の簒奪者だった。 「いやはや、我々レコン・キスタが、ついに古き体制にしがみつく王党派を打ち倒す時が来たようだ! 新たな歴史の幕開けだよ! そうは思わんかねボーウッド君!」 ボーウッドの隣で、わざわざ持ち込んだ私物の悪趣味な椅子に座りながら、レコン・キスタ空軍艦隊司令長官サー・ジョンストンが胸を反り返らせていた。 「アルビオンをクロムウェル閣下の下に共和国とした暁には、ハルケギニアの諸国は皆戦くことだろう! いずれハルケギニアは閣下を主君と仰ぐときがくる! 我々の前途は明るいなまったく! ははははは!」 上官のこの男は軍事的な才能が皆無だった。そして約束された勝利を前にしてみっともなく涎を垂らしている。彼はレコン・キスタ総司令官クロムウェルの信任厚い、貴族議会議員であった。ボーウッドは、クロムウェルが地盤を固める為に与えた飴を、嬉々として舐めまわす目の前の男を見下していた。政治家としても無能なこの男は、家柄による強大な発言力を買われているだけのことに気が付いていない。 裏切り者めが、とボーウッドは呟くものの、正直な所自分も大差はなかった。軍人としての信条に従っただけだとしても、所詮は己も簒奪者の仲間でしかない。彼はただ沈黙を守った。 「艦長、そろそろお時間です!」 ボーウッドは部下の言葉に頷くと、攻撃を開始する為に指示を下していく。側舷に所狭しと並んだ大砲に砲弾が詰められ、竜騎士は己の足となる飛竜へとまたがる。まず最初にレキシントンが空砲を撃ち、それを合図として総攻撃を開始する。 艦長のボーウッド、司令官のジョンストンを含め、この作戦に従事した者の内、己の勝利を疑う者は誰一人として存在しなかった。 王軍の誰よりも前に出ている少女は、後ろに下がるよう薦める兵士の言葉をことごとく無視した。いい加減説得する者もいなくなった頃合、少女は己の使い魔に語りかける。声音は低く、年若い女性のものには聞こえない。 「ライデン、あんたが敵だと判断したら攻撃しなさい。手加減をする必要はないわ」 赤い巨人は答えない。しかし、少女は巨人が己の言葉を理解していることを確信している。そして忠実に従うことも。 「あの薄汚い屑どもを皆殺しにするのよ。一人残らず消し去ってやりなさい」 少女の瞳は、空虚でありながら猛烈な業火が燃え盛っている。底のない絶望の果てに少女が見つけ出したもの、それは魔王によって練り上げられた憎悪であった。罪人を地獄の釜へ放り込み、死のうにも死ねない苦痛の叫びを最上の美酒とする。ルイズはレコン・キスタを誰一人として逃がすつもりはなかった。現実的に不可能であるとしても、可能な限り焼き尽くしてやる。少女は己の内から沸きあがってくる虚無によって突き動かされる。 正常な人間としての精神を見失っている為か、ルイズは人ならぬ身の己の使い魔と、これまでにないほどの一体感を感じていた。視界が二つの絵を被せたようにぶれる。そして己の心に、ライデンの心とも呼べる代物が接続される。 General Data DD-05 HBV-502 RAIDEN M.S.B.S-5.2 Power Source Main Generator-Green Auxiliary Generator-Green V.converter-Green Armament Laser Unit "Binary Lotus" Zig-18 Bazooka Launcher Ground Napalm Mk.105...... 少女の頭脳に次々と流れ込んでくる、どこの言語かも分からない文字列。しかし、そのような事は大して重要ではなかった。少女にはこの誰に造られたかも分からない巨人が、城を包囲している連中に勝利できる力を持っていることが理解できたからだ。主人と使い魔は一心同体、ルイズとライデンは正しく一つの情報系として構成されつつあった。 城の手前から眺める敵旗艦は随分と距離を取っている。どうやら自分達の持つ大砲の射程に自信があるらしい。確かに王軍が保有する大砲では砲弾を敵艦へ届かせることなど不可能だろう。しかし、ライデンは違う。思い上がりの裏切者共を、つい先ほど理解したライデンの力で焼き尽くしてくれる。 日は完全に昇り、大して待つまでもなく戦闘が始まるだろう。だが、ルイズはわざわざ敵に先手を取らせるつもりはない。裏切者を討つのに礼儀などあるものか。 「……ライデン、準備はいいわね」 精神で繋がっている以上、言葉など必要なかったが、ルイズは己を昂ぶらせるために口を開く。少女はまず眼前の森を見据えた。最初に地上部隊を調理してやるとしよう。少女は軽く目を瞑ってから思い切り息を吸い込むと、懐から杖を取り出す。目を見開き、勢いよく杖を振り下ろすと同時に、邪魔者を焼き尽くす閻魔の怒号を発する。 「薙ぎ払え!!」 主人の叫びを受け取ると、ライデンは腰を落としながら瞬時に厳つい肩を変化させる。まるで蓮の花のような巨大な円盤を両肩に二輪咲かせると、中央から突き出たおしべと、それを取り囲む花びらが振動し始める。そして次の瞬間、甲高い振動音を伴いながら、目も眩むほどの閃光と共に、実体を持たない二本の剣が伸びる。輝く双剣は目の前の森を舐めるようにして振り抜かれた。レコン・キスタ兵が多数潜んでいたと思われる森は、超高熱の光に薙ぎ払われ、瞬時にして燃え上がる。剣は数十リーグ先まで伸び、盛り上がった地形を吹き飛ばしながら、山脈にぶつかった所でようやく止まった。 ライデンと同じ水平面にいた者たちは、己が死んだことにも気付かずに現世から消滅した。同時に数個の小規模な村落もまた、巻き添えとなって消え去った。 「次っ!」 主人の掛け声と同時に、ライデンはルイズを抱え上げると光を噴射しながら天守へと一瞬で飛び上がる。ライデンと視界を共有しているルイズには、半瞬も待たずに敵戦力を把握することが可能となっていた。天守から捕捉可能な敵艦は大型1、中型11の計12。敵艦隊はニューカッスル城を斉射で攻撃するためか、上下二列に並んでいる。 その様を見て少女は笑う。約束された勝利に胡坐をかく愚か者共め。異界の力を見せ付けてくれる。たかがその程度の射程に安心していると、死ぬ羽目になるだろう。こちらからすれば目と鼻の先、距離など無いに等しい。少女の心はどこまでも冷たく、酷薄な様相を見せる。 「撃ちなさい!」 ライデンは再び肩部を変化させる。先ほどと同じように二輪の花を咲かせると、右から左へ一閃、返す刀で左から右へ一閃。光の剣は敵艦を薄皮のように易々と切り裂くと、遥か上空を通過していった。上下に泣き別れとなった木造の船体は高熱で瞬時に燃え上がり、火災は搭載していた火薬に飛び火する。敵艦隊の8割ほどが切り裂かれた船体を爆発させる。戦闘の合図を出す前に攻撃を受けたレキシントンも例外ではない。メイン・サブともにマストを燃やし、大爆発にまみれながら、数騎の竜騎士が脱出したのを事細かに捕捉すると、少女はまたしても叫んだ。 「一人も逃すんじゃないわよ! 反乱軍は全て地獄に叩き落しなさい!」 肩を戻したライデンは、次に手にした棍棒を炎上する敵艦隊に向ける。その瞳には、生き残っている敵兵士が煌々と映されている。殲滅という命令に忠実に従い、ライデンは棍棒の先から光の雨を横方向へ降らせた。異界の魔法は、ハルケギニアの基準からすれば神の目の如き精度で脱出した竜騎士を焼き尽くしていく。直撃を受けた者は竜もろとも木っ端微塵となり、爆風を受けた者は体を燃え上がらせて、絶叫しながら落下していった。 まだ5分と経たぬ内に壊滅状態へと追いやられたレコン・キスタ艦隊に、ルイズは全く容赦をするつもりは無かった。今も崩れ落ちていく艦隊に追加攻撃を加えるようにライデンへ命令する。忠実なライデンは、言われるままに砲撃を加える。常識外れの爆発力を伴った光弾は、散り散りとなった船体を更に細かく分解していく。飛び散った破片は燃え尽き、人間であった物体が内蔵を撒き散らしながら船外に放り出される。ついには完全崩壊を起こし、荘厳な雰囲気を漂わせながら陣取っていたレコン・キスタ艦隊は炎の玉となりながら墜落していく。ルイズの目に、生残りを示す印は見えなかった。 眼下の雲海へと落下していく残骸を眺めると、ルイズは笑いをこらえきれなくなった。 「ふふ……ふふふ……、あはは、あはははは、あーははははっ!!」 瞬く間に絶望的な戦力差を覆したライデンは、狂ったように笑い続ける主人に何ら興味を持っていないように佇んでいた。 いざ、自分達を滅ぼさんと進撃してくるレコン・キスタを迎え撃とうとしていた王軍は、全員が言葉を失っていた。もう数刻もすれば、目の前の森から敵兵がなだれ込んでくるはずだった。しかし、その森はルイズの使い魔によって瞬時に焼き払われ、敵が突破してくる様子は見えない。城の大砲の射程を大きく上回るレキシントンを中核とする艦隊が、正しく瞬く間に塵へと返された光景もまた現実離れしていた。 「なんなのだ……。あのゴーレムは……」 燃え上がる森に、ニューカッスル城は赤く赤く照らされていた。目の前に繰り広げられた光景を、皇太子を始め誰もが信じられなかった。自分達は、今しがた焼き払われた連中と戦い、絶望的な戦力差ながらも勇敢に討ち死にしようとしていたのだ。それ大使の少女の使い魔であるという赤いゴーレムが、子供が羽虫を叩き潰すように敵艦隊を撃破してしまった。 天守から響いてくる少女の哄笑を聞きながら、皇太子は戦慄していた。強大な破壊力と、無限の射程を持つようにも思われる少女の使い魔を、一体どこの誰が止められるというのだろうか。 ひとしきり笑った後、ルイズは再び無表情となる。今、少女の精神の針は激しく揺れ動いている。ルイズは、己の感情の動きを制御できていなかった。 炎上する森の所々に示される印を見て、肩についた埃を払うかのような気安さで告げる。 「あら、よく見たらまだ生き残ってる屑がいるじゃない。……ちゃんときっちり駆除しなきゃね。じゃ、ライデン掃除しといて」 生かすつもりは無い。不本意ながら反乱軍に参加しているなどという理屈など、今のルイズにはなんの意味も持たなかった。反乱軍はすべからく死すべし。 天守から飛び出し、最初の斉射を生き残った敵兵士の掃討が始まる。瞬く間に目標の上空へと到達すると、ライデンは円盤状の爆弾を投擲する。その爆弾は体を焼かれ呻いている目標の傍へと落ち、爆発する。兵士の体が、爆風に煽られ紙切れのように吹き飛ばされ、四肢が千切れ飛び散っていく。そして燃え上がる太い木の枝へと、魚の丸焼きをするように串刺しとなった。 また異なる兵士は、目の前で友軍が肉片を撒き散らしながら死んだ瞬間を目の当たりにして気が狂い、散々木の幹に頭を打ちつけた挙句、自ら炎の中に飛び込んで焼死した。 砲撃で死なないまでも、高熱の爆風を吸い込んでしまった者は、喉や胃を内側から炙られ、この世の者とは思えぬ亡者の呻きをあげる。眼球は熱で乾ききり、髪は燃え上がる。 ライデンは風竜を遥かに上回る速度で飛び回りながら、数十リーグの範囲を駆逐していく。と、そこでルイズはいいことを思いついたとばかりにライデンを呼び戻す。 「この際だわ。絶対に逃げられないようにロサイスも壊しちゃいましょう。蹂躙される側になった連中の反応が楽しみだわ。……うふふ、あはははは!」 ルイズとライデンは意識レベルで同調している。ライデンが見たものはルイズが見ることができる。ならばライデンだけをロサイスへ飛ばし、アルビオン随一の軍港であり、反乱軍の本拠地を跡形もなく粉々にしてくれる。復興に多大な手間がかかることなど知ったことか。敵は滅ぼさなければならないのだ。 軍港ロサイスは、現在姿の見えない敵に襲撃されていた。遥か彼方から長大な光の剣が伸びたと思うと、係留されていた軍艦が瞬く間に破壊された。指揮官はすぐさまに敵の捜査と撃退を命じたが、その命令が達成されることは絶対にありえなかった。彼らが知る由も無いことであったが、敵は100リーグ以上離れたサウスゴータの山脈の上から攻撃を加えていたのだ。メイジとはいえ、人間の身である彼らが気付けるはずもない。 ロサイスは次に光弾の雨あられを浴び、石造りの桟橋はパン生地のように引きちぎられる。兵士が詰めている宿舎も狙い撃ったかのような爆撃を受けて跡形も無く吹き飛んだ。巨大な煙突を並べていた製鉄所の高炉は、まるで飴細工のように捻じ曲がっている。 この地に建設されていたレコン・キスタ総司令部発令所の中で、頭であるオリヴァー・クロムウェルは鼓膜を貫く爆音に飛び上がった。発令所に集まっていた幹部達も同様に飛び上がる。 「な、なんだ。何が起きたというのだ!?」 普段の飄々とした雰囲気が掻き消え、クロムウェルはうろたえる。幹部達と共に発令所から飛び出すと、目の前に広がっていた光景は彼らの常軌を逸したものだった。ニューカッスル攻城のために12隻もの軍艦を送り出してなお、40隻を超える多数の軍艦が係留されていた軍港は、原型を留めないほどに破壊しつくされ、あるはずの儀装完了して間もない新造艦も、老朽艦も何一つ存在しなかった。 そして、遥か彼方の地で、飛び出してきた彼らを捕捉した目があることを幹部達が気付くことはなかった。間髪入れずに光の剣と光弾が降り注ぎ、彼らの肉体は個々で区別が付かないほどに引きちぎられ吹き飛んでいった。 レコン・キスタ壊滅。アルビオン各地に散らばっている残党が、自らの掲げる主を失ったことに気が付くのは、しばらく後になってからのことだった。 前ページ次ページ重攻の使い魔
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/5809.html
前ページIDOLA have the immortal servant 六人と一匹を抱えているシルフィードは今ひとつ本来の速度を出すことができなかった。 だが、レコン・キスタは、オルガ・フロウとの交戦に手一杯だった。 ウェールズとジェームズ一世の脱出も知る由がなかったし、察知できたとしても、その場合は追撃部隊を最優先でオルガ・フロウが叩く。結局はシルフィードを追うことなど叶わなかっただろう。 一行は敵に追い立てられることも無くアルビオンを離脱し、夕方頃にはトリステイン魔法学院の近くまで無事帰ってくることができたのである。 その間キュルケ達はデルフリンガーから『女神の杵』亭で別れた後の経緯の説明を受けていた。ルイズから話を聞こうにも、アルビオンを脱出してからこっち、殆ど放心状態だったからだ。 「先住で、人間に姿を変えられる者もいる」 フロウウェンの変身について話が及ぶと、タバサはそう口にした。事実として、彼女の使い魔であるシルフィードがそうなのだ。 「じゃあ、あれがおじさまの本来の姿だって言うの?」 「わからない」 タバサは首を横に振った。あれが本来の姿なのか、それとも一時的に姿を変えられるのか。テクニックの類ではないとも言い切れないが、少なくともルイズもデルフリンガーも、あれを知らなかったようだ。 シルフィードが肩越しに振り返ってタバサを見やる。 主の話に、シルフィードは補足を入れたかったが、口にヴェルダンデを咥えたままで何も喋れないのがもどかしい。最も、何も咥えていなくても、タバサは皆の前でのシルフィードの発言を許してはくれなかっただろうが。 シルフィードがあれに感じたのは、本能的な恐怖だ。それを後押しするように、精霊達があれは忌むべきものだと教えてくれた。 「デルフリンガー。マグは何か知らないの?」 マグはフロウウェンの文明の防具であるが、独自の意思と知性を持っている。そしてデルフリンガーはマグとの意思疎通が可能であった。それを思い出して、キュルケが問う。 「マグは、あれは自分達とは似てるが違うって言ってるな。俺もあれを見てから、なんか引っかかるものはあるんだが、一向に思い出せねえ。まあ……何だ。思い出せたらすぐ知らせる」 困ったような声でデルフリンガーが答える。 「おじさまに関しては、現時点じゃ、情報が少なすぎるわね」 キュルケが肩を竦めた。 「ワルド子爵について。情報の漏れ方からして、白い仮面のメイジは遍在」 タバサが言うと、ウェールズが頷いて、その推論に同意する。 「恐らくはそうだろうな。だが、レコン・キスタとは袂を分かつような口振りだった。だとするなら、何故ラ・ヴァリエール嬢や僕に襲い掛かったのだろうな」 「クロムウェルは虚無の力を持つと、噂が流れたことがあろう」 それまで話を黙って聞いていたジェームズ一世が静かに口を開いた。 「それが『アンドバリ』の指輪を根拠にしたものだとしたら、虚無に魅せられて従う者もおろう。じゃが、秘密さえ知ってしまえば子爵にとってレコン・キスタは不要。 大方、手柄を立てて信頼を得て、クロムウェルの寝首をかこうと思ったのではあるまいか」 一同はなるほどと頷いた。確かに、それならばワルドの行動にはつじつまが合う。 そうすると、ルイズに求婚していたのは、虚無の力を欲するが故の行動ということになる。 やっぱりろくでもない男だった、とキュルケは溜息をついてルイズの方を横目で見やるが、彼女はワルドの話が出ても無反応で押し黙ったままであった。 やがて、草原の向こうにトリステイン魔法学院が見えてくる。すると、学院からもこちらの姿を確認したのか、学院上空を舞っていたマンティコアが編隊を成し、シルフィードに向かって飛んでくる。 「私はトリステイン王国魔法衛士隊マンティコア隊隊長、ド・ゼッサールである。貴公らは何者か!」 マンティコアの背に跨る、髭面の男の誰何の声が飛んだ。 「こちらにおわすのはアルビオン王国国王ジェームズ一世陛下であらせられる。私はアルビオン王国皇太子ウェールズ・テューダー。至急、アンリエッタ王女陛下に取り次ぎを願いたい」 「へ、陛下と、皇太子殿下にあらせられる!? こ、これは知らぬこととは言えとんだご無礼を……!」 隊長は二人の顔を認めると、蒼白になって帽子を脱いだ。 「このような状況では詮方ないことだ」 ウェールズは笑う。ド・ゼッサールはその言葉に胸を撫で下ろした。 マンティコア隊が一行の周囲を飛んで守りを固め、ド・ゼッサールは一足先にジェームズ一世到着の報をアンリエッタに知らせる為、魔法学院へと飛んだ。 一行はマンティコア隊に中庭へと誘導される。シルフィードが着地し、ウェールズとジェームズがその背から降り立つと、アルビオンの貴族達が歓声を上げて二人に詰め寄った。 「陛下! 殿下! ご無事でしたか!」 「突然ゲートが閉じてしまったので、何が起きたのかと心配しておりもうした!」 「あいや、各々方。心配をかけた。これこの通り、朕らは健在であるぞ」 ジェームズ一世が言うと、一同は笑い合った。 「アンリエッタ姫殿下と、オールド・オスマンがお待ちしております。こちらへ」 「うむ。では参ろうか」 ド・ゼッサールが、一行を本塔へと案内すべく先導する。アルビオン王党派が口々に謝意を述べて一行を見送った。 後になって聞いたことだが、突然ゲートが消えたのでかなりの混乱があったらしい。アンリエッタとオスマンが宥めたので一先ずは落ち着いたが、二人の身に何かがあれば、アンリエッタはかなりまずい立場になっていただろう。 そんな経緯もあって、アルビオン貴族達は国王と皇太子の身を案じていた。その反動故か、二人が顔を見せた時の王党派の喜びようといったら凄まじいものがあったのである。 学院長室にルイズらが通されると、そこにはアンリエッタとオスマンが待っていた。 アンリエッタはウェールズとジェームズに微笑みかけたが、一行の中に血と泥で汚れたルイズを認めると、血相を変えてルイズに駆け寄り、彼女を抱き締めた。 「よ、汚れます。姫さま」 「汚れがなんだというのです。ルイズ。ああルイズ。よく無事に帰ってきてくださいました」 「姫さま……」 アンリエッタのねぎらいの言葉に、ルイズの頬を涙が伝う。 「怪我をしているのですね。ルイズ」 ルイズはあちこちを擦り剥いていたが、アンリエッタが治癒の魔法でそれを塞いでくれた。 「勿体のうございます。姫さま……。どうか、わたしなどのことより、陛下と皇太子殿下を」 「ルイズ……」 アンリエッタはルイズと数瞬の間見詰め合っていたが、彼女から離れると公人の顔に戻り、ジェームズとウェールズに向き直って恭しく挨拶をした。 「陛下。ウェールズさま。遠路、よく参られました。トリステイン王国はアルビオン王家を心より歓迎致しますわ」 「此度の姫の御厚意、誠に痛み入る。朕と、朕の臣民らに代わり、心より御礼申し上げる」 それから、アンリエッタは二言三言、ジェームズと言葉を交わすと、キュルケ達に言う。 「あなた達も、よくルイズを助けてくださいました」 「勿体無いお言葉にございます」 「ワルド子爵と、ルイズの使い魔が見えないようですが?」 一行を見渡して、アンリエッタは尋ねる。 「子爵は……貴族派の手の者でした」 「そんな……魔法衛士隊にまで裏切り者が……?」 その言葉に、アンリエッタは衝撃の色を隠せない。 ルイズの婚約者ですら裏切りを働くとは、最早誰を信じればいいのかすらわからない。 「やはり……『アンドバリ』の指輪の力ですか?」 「いいえ。ワルド子爵は自分の意思で動いていたようです。わたしの使い魔は……」 ルイズは俯いて言い淀む。 「フロウウェン殿は、朕らを逃がす為に囮となってアルビオン艦隊の足止めに向かった」 ルイズの言葉を、ジェームズが引き継いだ。アンリエッタはルイズとジェームズの顔を交互に見て、蒼白になった。 「そ、それでは彼は……!?」 「アルビオンに残られた。かの者がいなければ、朕らは生きてトリステインの土を踏むことも無かったであろう」 「そんな……。一体何があったというのです!?」 アンリエッタの言葉を受けて、キュルケがデルフリンガーから聞いていた顛末を語る。 傭兵の襲撃。ラ・ロシェールからの脱出。空賊に偽装したウェールズと出会ったこと。亡命を決めた矢先の艦の消失。ワルドの裏切り。フロウウェンの変容。アルビオンからの脱出。 傍らで涙を堪えながら話を聞いているルイズの姿が、アンリエッタの目に痛ましかった。ルイズの心はどれほど傷つけられたであろうか。 ワルドを同行させさえしなければという後悔と自責の念に駆られ、アンリエッタは目を伏せた。 しかし、ルイズが自分から志願しなければ、恐らくアンリエッタはワルド単独で密使を送ることになっていたはずだ。 その場合、王党派の亡命も無かっただろうし、手紙は奪われ、『アンドバリ』の指輪の情報を掴んだことが、ただ漏れてしまうだけという最悪の結果に終わっていたはずだった。そういう意味では、アンリエッタに運があったのだと言える。 オスマンが口を開いた。 「姫。ミス・ヴァリエールは長旅で疲れておる様子。詳しい話は後日伺うとして、今日のところは休ませてやるのがよろしいでしょう」 その提案にアンリエッタは頷き、一行は学院長室から退出した。 退出した途端、全て終わったという実感が押し寄せてきて、ルイズの身体から力がどっと抜けていった。 ルイズは俯いて、嘆息した。改めて自分の身体を見れば、酷い有様だった。 『エア・ハンマー』で弾き飛ばされ、鍾乳洞を転がった時に付いた泥。それからフロウウェンの血。それらで衣服は勿論、髪も、顔も、手も、足も汚れていた。 ブラウスについた血の痕を見ながら呆然としているルイズに、キュルケは首を横に振る。それから、彼女の腕を取った。 「何よ、ツェルプストー……」 いつもなら自分が触れようものなら烈火の如く怒り狂うであろうルイズだが、振り払おうともしない。相当重傷だ。 「まずはお風呂よね。長旅で汗でべた付いて、気持ち悪いったらないわ。着替え持ったらみんなで大浴場行くわよ。じゃあ、またね、ギーシュ」 「ん? あ、ああ。また」 キュルケはそのまま有無を言わさず、ルイズを引っ張っていく。タバサもそれに着いていった。 「……女の子同士の友情、か」 ギーシュは三人の後ろ姿を羨望の眼差しで見送りながら、溜息をついた。 ルイズとはそれほど親しかったわけではないが、最近何故か行動を共にする機会が多かった。 あの勝気なルイズが、あんなに落ち込むのを見るのは、初めてだった。 「やっぱり……誰であれ女の子の悲しむ顔は、見たくないな」 モンモランシーや姫殿下が、笑顔でいてもらう為に。自分には何ができるのだろう。 生きて帰ってこれた喜びも束の間のものだ。自分は兄達と違って魔法の才能に乏しい。 だが、もう少しできることはあるはずだ。 生徒達が平時に利用する時間とはズレていたので、大浴場はキュルケ達の貸切であった。正確には、大浴場の掃除に来ていたシエスタがいた。 「ど、どうしたんですかっ! ミス・ヴァリエール!?」 乾いた血と泥と涙と汗の痕で、ルイズは普段の毅然とした姿が想像できないほどボロボロだった。思わず詰め寄って、シエスタは事情を尋ねていた。 「あなた。名前は?」 隣にいたキュルケが問う。 「シエスタ、です」 「もしかしてヴァリエールと親しいの?」 「いえ、その。ヒースクリフさんとよく話をしているもので」 「そう。おじさまと……」 キュルケは目を閉じると、アルビオンに行ったことと、やむなくフロウウェンが敵の目を引き付ける為に囮として残ったことを、掻い摘んでシエスタに説明した。シエスタはその言葉に衝撃を受けたらしい。 「じゃ、じゃあヒースクリフさんは!?」 「わからないわ」 青い顔で問うシエスタに、キュルケは首を横に振った。 「あたしは、無事だって信じてるけどね。ねえ、シエスタ」 「……なん……でしょうか」 「あなたも一緒にどう?」 キュルケは大浴場の湯船を指差して言う。 「え?」 いきなり何を言い出すのだろう、ミス・ツェルプストーは。自分にも一緒に入れ、ということだろうか。 だが、貴族の風呂に平民が入ることは許されてはいないはずだ。 シエスタが戸惑っていると、キュルケは声を潜めて、シエスタに言った。 「ヴァリエールがあんなだし、ちょっと頼めないかしら。あたしとヴァリエールは不倶戴天の敵だし、ね」 不倶戴天の敵などと言いながら、彼女はルイズのことを気にかけているのだ。それが解ったから、シエスタは頷いた。 シエスタはタオルを身体に巻くと、ルイズを座らせ髪を濯ぎ、次いで泥と渇いた血と汗を、桶に汲んだ湯で丁寧に洗い流していく。その間も、心ここに在らずといった調子で、ルイズはされるがままであった。 華奢な身体だった。白蝋のような肌理細やかな肌はシエスタから見ても羨ましいくらいだが、暗く沈んだ表情と合間って、余計に弱々しく見える。 シエスタはルイズが学院でどんな立場であったかを、見て知っている。それでも、こんなにルイズが小さく見えたことは無い。 いつも胸を張って歩いて、気難しい拗ねたような顔をして、小さな身体でも精一杯自分を大きく見せている少女だった。 それでもフロウウェンが来てからは、肩肘を張るようなところが少なくなって、自然に振舞うようになってきたと思う。そんな少女に、始祖ブリミルはどうしてまた大事な人を取り上げてしまうような運命を課すのだろう。 ブリミル教の司祭あたりならこれも試練などと言いそうなものだが、ブリミルはメイジ達の崇める存在であるし、シエスタは殊更信心深いというわけでもない。ただ、ルイズが気の毒で、フロウウェンの身が心配だった。 ルイズの身体を一通り洗うと、その手を引いて湯船に導くと、縁に背を預けさせた。 「…………」 キュルケに連れられるまま大浴場に来たが、自分はどうしてこんなところにいるのだろう、何をしているのだろうと、ルイズは自問する。取りとめの無い思考が頭を埋め尽くす。 疲労と湯船の心地よさで鈍った思考では、考えは少しも纏らなかった。ただ、フロウウェンのことだけが、片時も頭を離れない。 フロウウェンはどうなったのだろう。こちらの合図に気付いて、ちゃんと逃げてくれただろうか。 (どうして、あの時わたしは―――) 皆、ルイズの側にいたが、あまり多くの言葉は発しなかった。大丈夫だと安請け合いなどできないし、慰めを口にすればフロウウェンが帰ってこないことを認めてしまうことになる。 側にいてやることぐらいしか自分達にできることはない。けれどそれは、今は気付かなくても支えになってくれるものだと、タバサもキュルケも、シエスタも知っていた。 戦闘の時間はわずかだったが、レコン・キスタの被った損害は計り知れなかった。陸軍は兵器も軍馬も使い物にならず、負傷者を見れば怪我をしていない人員を数えた方が早いという惨状だ。 では空軍はといえば、あの短時間の戦闘の間に多数の艦が航続能力を失くし、竜騎兵も多数が撃墜され、相当な被害を受けた。 だというのに、死者の数は全軍が受けた損害の割にはさほどでもない。その内訳の殆どは陸軍では仲間に踏み潰された結果だとか、空軍の場合、同士討ちの流れ弾や竜が撃墜されて逃げ遅れたというものであった。 水の秘薬はあっという間に足りなくなり、傷病兵の治療もままならない状況だ。多数の傭兵達が脱走していることも手伝って、士気もどんどん下がっている。 戦闘から二日を経過した今でもレコン・キスタは軍の立て直しができていなかった。貴族派は無人のニューカッスルを遠巻きに陣から囲んだまま、未だ恐怖と混乱から立ち直れず、あの城に近付くことができずにいるのだ。 神聖なる王権に杖を向けた報いなのではないかという噂が広がっていた。王党派の降将や貴族議会の過半数、有力なアルビオン貴族が戦闘中に突然死したことにもそれに拍車を掛けている。 実際のところは、『アンドバリ』の指輪の制御を断たれてしまったからだ。全軍で同時に起こったことである為に目撃者は数え切れず、今更指輪の力を再度行使して大っぴらに生き返らせるわけにもいかなかった。 クロムウェルが死者を蘇らせる『虚無』を用いることができるというのは、公になっていることではないからだ。 公にしてロマリアに目を付けられてしまえば、虚無を標榜した以上は力を見せろと審問されるだろう。精査されれば指輪の力がバレてしまう可能性がある。 また、『アンドバリ』の指輪自体が伝承やら御伽話の類として伝わっていて、クロムウェルの能力に思い当たる者がいないとも言い切れない。 だから、神秘性を高めることで自分のカリスマを高める手段として指輪を利用してはいたが、クロムウェルは一部の者にしかその力を見せていなかったのである。 それも、裏目に働いていた。 虚無の力が真実であってもなくても、制御が解けてしまったことで、クロムウェルの復活の魔法は完全では無いということを、その「一部の者達」に知らしめてしまう結果になった。 王権に歯向かった報いなどという噂が広まっていれば尚のこと。虚無の加護はクロムウェルになどないという結論に達してしまう。 そういった背景もあって、クロムウェルはゆっくりと確実に求心力を失いつつあった。 それでも戦さに勝てれば良いはずなのだが、ほぼ全軍を示威の為にニューカッスルに結集させていたのが致命的だった。例え、他国と結ばないトリステイン軍単独と戦っても、大敗は火を見るより明らかなのだ。 問題は「既に見えている負け戦」を、どう少ない被害で切り抜けるかという段階なのだが、これをそつなくこなせる者は古今名将と呼ばれるだろう。勿論クロムウェルに、そんな手腕は無い。 傭兵が我先に逃げ出している状況だ。レコン・キスタの現状は遅からずトリステインに伝わる。こちらから講和などと言い出せば弱っていると告白するに等しい。 クロムウェル自身もその現状を把握していた。だができることはと言えば、トリステインの貴族らが日和見で、こちらに攻めてこないことを祈るだけだ。 ガリアの援軍は期待できない。傀儡に過ぎない自分がこれほどの失態を犯せば、陰謀の漏洩を恐れてシェフィールドがそのまま刺客になることだって有り得る。故に信頼には足らないが、他に縋るものもないので邪険にもできない。 トリステインとアルビオンの立場は、たった数日で逆転していた。 「どうすればいい。どうすればいいのだ……」 焦燥し切った顔で天幕の中を右往左往するクロムウェル。シェフィールドはそれを冷やかな眼差しで見やる。自問自答するような調子ではあったが、その実自分にアイデアを求めているのが解ったからだ。 『アンドバリ』の指輪をクロムウェルに知らせたのはガリア王ジョゼフと、その使い魔のシェフィールドであったが、それは始祖と虚無を貶めてやろうという目的があったからこそだ。 クロムウェルがシェフィールドをどう思っているかは知らないが、無様に怯えて指輪の制御を手放してしまうような男を助ける義務など彼女にはない。 何より既にジョゼフの興味の対象は、あの黒い巨人に移っている。これからの流れを見届け、レコン・キスタがどうなるかに目算がついたら、シェフィールドは巨人の調査に向かうことになるだろう。 伝令の兵がクロムウェルの天幕に駆けつけてきて、報告した。 「申し上げます! ニューカッスルに遣わした使者の報告によりますと、ニューカッスル城は無人とのこと!」 「無人……?」 クロムウェルは眉を顰めた。巨人がニューカッスルを護るように現れ、王党派は行方知れず。何とも、不気味な話だ。 あの巨人さえ現れていなければ、恐れをなして逃げ出したのだと笑うこともできただろうに。 それから数刻後、ようやくレコン・キスタはニューカッスル城に足を踏み入れるに至る。 そして、ウェールズの部屋から発見されたアンリエッタの書状は、これ以上無いほどクロムウェルの肝胆を寒からしめたのであった。 自分の名を呼ぶ声と、ドアをノックする音。 ルイズは目を覚ました。 部屋は薄暗かった。空は厚い雲に覆われて、静かに雨が降っている。 「っ……」 首に手をやってルイズは眉をしかめる。 寝起きの気分は最悪だった。首が痛む。枕が無かったからだ。 ワルドにエア・ハンマーで撃たれた時に手放して、そのままニューカッスル城の港に置いてきてしまったらしい。 覚醒しきらない意識のままベッドを這い出して、機械的に扉を開ける。と、そこにシエスタが立っていた。 「……シエスタ……」 ぼうっとした表情で、ルイズが言う。 「はい。お昼になっても姿がお見えにならないので、その……」 キュルケからはそれとなくルイズを見ていて欲しいと頼まれている。シエスタ自身も同じ気持ちでいた。 「そう……。もう、お昼、なんだ」 気の無い返事を返すルイズを、シエスタは心配そうな目で見やった。 ルイズは緩慢な動作で部屋の中に戻って着替え始めた。 シエスタがそれを手伝おうとすると、ルイズは首を振って止める。 「いいの。一人でできるから」 「も、申し訳ありません。ミス・ヴァリエール」 かえって迷惑だったか、とシエスタが俯く。そんなシエスタを見て、ルイズは申し訳ないような、居た堪れない気分になった。だから視線を逸らして、ぶっきらぼうに言った。 「別に……邪魔っていうわけじゃないわ。ヒースとの約束だからそうしてるだけ。だから……そうだ。わたし昼食に行って来るから、部屋の掃除をしておいて貰えると嬉しいんだけど」 「掃除、ですか?」 「わたしの部屋、少し人の出入りが激しかったから」 王党派の避難経路に使われたということもあり、床が汚れていた。誘導にあたったアルビオン兵の手際が見事だったせいか、部屋の中のものが荒らされた形跡はないが。 「わかりました」 シエスタはにこりと微笑んで頷く。 ルイズはシエスタの笑顔を背中に受けながら見送られ、アルヴィーズの食堂に向かった。 食堂に一歩立ち入るなり、自分に視線が集まるのがわかる。 最賓の客であるジェームズ一世と、皇太子ウェールズ、王族の親類縁者は学院に逗留しているがアルビオンから亡命してきた人々は、土メイジを総動員して学院の隣に作らせた仮設の建物で過ごしている。 見慣れぬ人々が別の建物に隔離されたということもあり、学院にはどこか緊迫した空気が流れてはいたが、表向きは平穏を取り戻していた。 ただ―――ルイズがアルビオン貴族の出現に何か関係しているのではと噂が広がっていたのだ。 王党派が避難を始めたのは生徒達が朝食の為に食堂に向かってからだったので、ルイズの部屋から避難民が溢れてくる光景を目撃した者はいない。 だがそれでも、女子寮からアルビオンの貴族が出てきたことまでは隠せていない。 さらに魔法衛士隊のワルドと共に彼女が学院を出て行く姿を何人かの生徒が見ていた。 歳相応の好奇心と想像力もあって、それとアルビオン貴族を結び付ける者がいたのである。 アルヴィーズの食堂でも昼食をとるために現れたルイズらは注目の的であった。 だが、キュルケはあけっぴろげに見えてその実口が堅く、タバサに聞いてみても暖簾に腕押し。お調子者のギーシュですら、欠席中のことを聞くと歯切れが悪くなるのだ。 消去法で残ったルイズはというと、現れてみれば目に見えて暗い表情であった。 皆は彼女の纏った雰囲気に尻込みして何も聞けずにいたが、自分の顔を伺っている者が多いことはルイズにも解る。余り気分の良いものではなかった。 味もよく解らない、つまらない食事を終えて自室に戻ると、床の掃除はもう終わっていて、シエスタがベッドを整えているところだった。 戻ってきたルイズの顔を認めると、シエスタが少し申し訳なさそうな顔で言ってきた。 「ミス・ヴァリエール。あの、ベッドの中から封筒を見つけたんですが」 「封筒……?」 ルイズの反応で、シエスタは封筒の存在を、彼女が知らなかったことを悟った。 「あ。もちろん、中は見てませんよ? くしゃくしゃになっちゃうといけないと思って、机の上に置いてあります」 見れば、その言葉通り机の上に封筒が一通、置いてある。封筒には一言、「ルイズへ」と記されていた。 「……―――!」 呆けたような面持ちであったルイズは、それを認めた瞬間、大きく目を見開いて封筒に飛びついた。 慌ててそれを開いて、中に入っていた手紙を広げる。左から、右へと視線が動いて、文字を追う。 『ルイズへ。 もし、この手紙を見付けた時、オレの身に何もなく、日々が平穏であるなら、ここから先は読まずに、この手紙を見つけたことも忘れて欲しい。 そうでない時。つまり、オレがお前の前から姿を消して、帰ってこないような場合だけこの手紙を読んで欲しいのだ。そう思ってこれを認めている。 ところで、しっかりと読める文章になっているだろうか。なにぶん、こちらの文字は覚えたばかりだから、きちんとオレの意図が伝わっているかは不安が残る。実はこの手紙も、何度か書き直しているものなんだ。 ―――と、話が逸れたな。 もし、オレが自分の意思でお前の前から姿を消す時が来るなら、それはオレがオレで無くなった時だろう。 こう言っても何のことか解らないだろうから、最初からオレのことや、ラグオルを取り巻く状況を説明しておく必要があるだろうな』 ―――間違いない。これは、フロウウェンが自分に宛てた手紙だ。 逸る心を抑えて、手紙を読み進める。そこには、想像を絶することが記されていた。 パイオニア計画とラグオルの真実の姿。フロウウェンの立場。理想と現実の間で揺らぐ苦悩。 ラグオル地下の巨大遺跡。古代宇宙船内部の亜生命体。その討伐部隊の指揮を取ったこと。 生還の代償に受けたD因子の傷。正気の沙汰とは思えぬオスト博士の実験。政府の裏切り。爆発と覚醒。そして、リコ・タイレル。 まるで、物語を読んでいるようでもあり、悪夢の中に迷い込んだようでもある。 そこまで読んだ頃には、フロウウェンが何故自分の前から姿を消さねばならなかったか、ルイズも察しがつくようになっていた。ルイズの考えを裏付けるように、文面は続く。 『この星では奴からの精神への干渉を感じない。あの傷もない。だから一時は逃れられたのかとも思った。 だが、ラグドリアン湖の水の精霊がオレのことを連なる者、と言ったことを覚えているだろうか。 水の精霊は、オレの身は人の血肉を持ちながら自分達に近い物であり、しかし違う何かだという意味で『自分達に連なる者』だと言った。そして、水の精霊の知りえない不確定の要素が二つあるとも言った。 これについて、オレはこう推測する。生体AIオル=ガのコアとD因子のことではないのかと。 もしもまだ、オレの体内にD因子が存在しているのであれば、お前の近くにいるわけにはいかない。 侵食が始まらないのは、ここには本体である存在がいないからなのかも知れん。再びあの化物の姿となったとしても、奴からの干渉さえ無ければ、或いは自我を保てるのかも知れん。 だが、例えそうであっても、D因子の存在を野放しにするわけにはいかないと思っている。 これが、お前の前から姿を消さなければならない理由の全てだ』 やがて、くしゃりと、ルイズの表情が歪んで、その両目から涙がぽろぽろと零れた。それでも歯を食いしばって、手紙を読み進める。最後まで読むことが、自分の責務だと言わんばかりに。 『そうはならないことを祈っている。 オレは、ハルケギニアに召喚されたことも、ここで過ごす日々も、悪くは無いと感じている。ここは居心地が良い。だからこそ惑うのだ。ここにいて良いものかどうか。 オレがお前の前から消えた場合は……オレのことを身勝手な人間だと罵ってくれても構わない。 だが、力は無くとも意思を支えに戦うお前の姿は尊いものだ。 祖国にも理想にも裏切られたオレではあるが、お前だけには剣を捧げる価値はあると思えた。だからどうか、その心を忘れないでいて欲しい。 願わくば、ルイズの道行きに幸多からんことを』 最後に記された、ヒースクリフ・フロウウェンの署名までを読み終え、やがてぽつりと、ルイズが言った。 「……ったの」 「え?」 ルイズは嗚咽を漏らし、途切れ途切れに言う。 「ヒースが、怖かった……。わたし、助けてもらったのに……怖がったから、行っちゃったのかなって……。 わたしが、いけなかったのかなって……ヒースは、わたしのこと……こんなに、考えて、くれてた、のに……!」 手紙を握り締めてルイズは涙を零す。 シエスタはルイズの肩を抱いた。 ルイズが驚いたような表情で見上げると、シエスタは真っ直ぐその目を見詰め首を横に振った。 「ミス・ヴァリエール……わたしは良く事情を存じませんけど……そうじゃないと思うんです」 シエスタは詳しい経緯を知らない。けれど、ルイズが怖がったからいなくなったというのは、違うと思う。シエスタの目にはいつだってフロウウェンは穏やかで優しい人に見えた。 子供の頃、シエスタはタルブの近くの森で、野犬に襲われたことがある。窮地を救ってくれたのは父親だった。 野犬も怖かったが、山刀を振り回して野犬を撃退した父の形相も恐ろしくて。助かったというのに混乱して泣き出してしまったことがある。 そして、それを後悔した。 「大事な人を守りたいから、必死になるんです。それはきっと優しい姿にはなれないけれど」 フロウウェンはきっと、ルイズを笑って許してくれるだろう。悪いことをされたとも感じないに決まっている。 けれど、ルイズが後悔しているのはそういうことではない。 シエスタには解っていた。大事な人を怖がってしまった、自分が許せないのだ。 ルイズの目にまた新しい涙が溢れてきた。 シエスタの胸に顔を埋めて、ルイズはごめんなさい、ごめんなさいと謝りながら泣きじゃくる。 怖がるのも仕方ないと弁護することはできよう。だが自分が許せないというのは、他者にはどうすることもできない。 自分の場合は、後で母親に泣きついて、それから父親に謝った。 せめて―――誰かに心情を吐露することで、少しでも楽になれるなら。 シエスタはただルイズの小さな肩を抱き締めて、柔らかな桃色の髪を撫で続けた。 前ページIDOLA have the immortal servant
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/4303.html
前ページ次ページもう一人の『左手』 「まったく、やられましたな」 そうぼやきながら、羽帽子の男は、エール酒のジョッキをあおる。 ニューカッスルから単身、脱け出してきたワルド子爵であった。 ここは、ニューカッスル包囲軍の本陣近くの、とある天幕。 空になったワルドのジョッキに酒を注ぐのは『土くれ』のフーケ。そして、その様子を冷ややかな眼差しで、額にルーンを刻まれた風見志郎が見ている。 そして、ひとしきり酒で喉を潤した彼は、ジョッキを置き、テーブルの上座の位置に座す、漆黒の僧衣を纏った男に目を向けた。無論、その僧形の男の傍らにはシェフィールドが、気配さえ感じさせぬままに侍っている。 レコン・キスタ最高貴族院議長にして、アルビオン貴族派連合軍総司令官オリヴァー・クロムウェル大司教。……事実上のレコン・キスタの領袖であるが、彼自身は一人の私兵も一寸の領地さえも持たない、ただの神官くずれに過ぎない。 「あのヴァリエール家の旗は、やはり何とかならないかね、子爵」 「何をいまさら。無視を決め込むには、もはや遅きに失したと言うべきでしょうな」 「呑気なことを……!! 君ほどの者が付いておって、何故あのような旗を掲げさせたのだ!!」 もはやレコン・キスタの名で、トリステイン王政府と公爵家に、正式な問い合わせをしてしまっているのだ。無論、それはクロムウェルの指示ではない。貴族としての常識を持った、とある騎士の独断だ。 結果、そのメイジは軍法会議にかけられ、禁固刑を言い渡されてしまった。もっとも彼自身は、戦時国際法に照らし合わせ、何一つ後ろめたい事はしていないと、最後まで主張していたが。 問い合わせた以上は、回答を待たねばならない。その回答が返って来るまでは、貴族派としても、迂闊に城を攻められない。いや、レコン・キスタ首脳部の本当の悩みどころは、そんな王党派の時間稼ぎではない。 クロムウェルのこめかみに、じわりと大粒の汗が浮かぶ。 「あの旗が揚がっている以上、気の短いヴァリエール公爵の私兵隊が、いつ我らが陣中の後背を衝くかもしれんのだぞ!!」 ――そう、そこだ。 王女アンリエッタが、ヴァリエール家の末娘にこの任務を与えたのは、あくまでお忍び。公爵本人や、公爵家に何ら筋を通したわけではない。宰相のマザリーニさえ預かり知らぬ、アンリエッタ個人の私的任務なのだ。つまり、非は一方的に王家サイドにある。 そうなると、王家に次ぐほどの兵力と資産を持つという公爵家サイドが、可愛い末っ子を死地に追いやった王政府に反発して、独断でアルビオンに攻めかかってくるという可能性は、かなり大きい。 枢機卿がアンリエッタに代わって、公爵家に詫びを入れても、彼はトリステイン貴族に人望が無いため、怒り狂った公爵が聞き入れ、矛を収めるとは思えない。 もしそうなってしまったら、トリステイン王政府も指を加えて見ているわけには行くまい。国権の長たるプライドから、そしてヴァリエール家への義理から、必ずや正式な派遣軍をアルビオンに送り込んでくるはずだ。 その際、トリステインと攻守同盟を結んでいるゲルマニアが、どう動くかは未知数だが、皇帝アルブレヒト3世は、度重なる政争の果てに帝位を掴んだような、アクの強い男である。黙って見ているとは思われなかった。 そう考えると、ニューカッスルへの総攻撃など、とても出来るものではない。今すぐにでも包囲網を解体し、陣を組み直さねばならない。なにせ、アルビオンの貴族派は全軍で、このニューカッスルを囲んでいる。 逆に言えば、首都ロンディニウムはおろか、軍港ロサイス、街道の要衝シティオブサウスゴータなど、軍勢の背後は、全くがら空きになっているのだ。 かといって、王党派をここまで追い込んでおきながら、いまさら和議を結んで停戦するほど、貴族派はめでたくは無い。テューダー王家がアルビオンにある限り、レコン・キスタは、いつまでたっても反逆者・簒奪者の汚名から脱け出せないのだから。 まさしく、圧倒的な優勢から、旗一本で膠着状態に持ち込まれてしまったのだ。 だが、ニューカッスルから単身脱出してきたワルドの態度は、飄々としたものだった。 彼は、クロムウェルの焦りをよそに、ぬけぬけと『喉が乾いた』と言ってエール酒を要求し、いまも、声を荒げるクロムウェルを前に、表情一つ変えない。 つまり彼は、 「策はありますよ」 と、こう言い切ったのだ。 「……」 クロムウェルは、さすがに一介の神官から、浮遊大陸を席巻する一大勢力の首領となった男である。そんな内実が伴うか不明な言葉に、ほいほい喜ぶような底の浅さを見せる真似はしない。 ただ、蛇のような目で、鋭くワルドを睨んだままである。 「聞かせてもらおうか」 ――くだらぬ話なら、この場でその首、叩き落すぞ。 僧帽の下から薄く光る眼差しが、そう言っている。 その眼光は、逆に言えばいかにクロムウェルが、これから吐かれるワルドの言葉に耳を傾けているか、その証明でもあった。 そしてワルドは、そんなクロムウェルの目を見て、――笑った。 「レコン・キスタとしては、今宵にでも、総攻撃をかけられませい」 クロムウェルの眼光が、鋭さを増した。 「……なにぃ?」 「ヴァリエールの末娘にしても、使いようによっては、公爵家をトリステイン王家から離反させる手駒として使えましょう」 「人質、か……?」 クロムウェルの表情が緩む。安心から発生した微笑ではない。 ――この男も所詮はこの程度か。そんな嘲りが混じった笑いだ。 「甘いな。仮にもトリステイン第一の家格と伝統を持つヴァリエール公爵家が、たかが娘一匹と引き換えに、国家反逆の汚名に甘んじると、本気で考えておるのか?」 だが、ワルドは冷静だった。 「それは閣下の解釈でござろう。わたしの考えは少し違います」 どうやら、ただの希望的観測ではないようだ。だが、話を最後まで聞くまではクロムウェルとしても、何も言いようがない。 「閣下は、ヴァリエール公爵の人となりを御存知でない。あの方が、魔法もロクに使えぬ末っ子に、どれだけの深い愛情を注いでおられるか、閣下は御存知でない」 「……」 「ですが、わたしは違います。――仮にもわたしは、ルイズ・フランソワーズと婚約まで結んでいた身ですからな。一時期は、家族同然に扱っていただいた覚えがあります。つまり公爵も、公爵夫人も、ルイズを含めた三人の娘たちも皆、等しく“知って”おります」 「ヴァリエールの末娘は、人質になり得る……そういうことか……!?」 そのクロムウェルの問いに頷くワルドの笑みには、もはやふてぶてしいと形容すべき毒素が、十二分に含まれていた。少なくとも、ルイズは、婚約者のこんな獰猛な笑顔を見たことは無いはずだ。 「不肖の子ほど可愛いと一般にも言われますが、それは何も、平民や町民に限った話ではありませぬ。ましてや、そんな我が子を戦場に直接送り込んだ責任は、王女その人にあることは明々白々。そんな王家に、あえて忠誠を尽くすほど公爵は穏健ではありませんぞ」 「……」 確かに、ワルドの言い分には説得力がある。 だが、クロムウェルとしても、よし分かったと気安く頷くわけにはいかない。 ワルド自身が言ったように、クロムウェルはヴァリエール公爵に関する情報を、何も持っていないからだ。 公爵が、娘一人と国家反逆を天秤にかけて、こちらの思い通りに動くような男かどうかは、圧倒的に未知数である。いや、むしろ分が悪い賭けだと言ってもいいだろう。 だが、分が悪いからといって、このまま手をこまねいているわけにはいかない。『何もしない』という事こそが、いま一番最悪な選択肢である事は、誰の目にも明らかなのだから。 「……ワルド君」 「はい」 「分かっているとは思うが、今一度、念のために訊こう」 「なんなりと」 「ニューカッスル総攻撃にあたり、問題点は二つ。一つは、ルイズ・フランソワーズの身柄に、傷一つ付けてはならぬということ。そしてもう一つは――」 「短期決戦、でございますな?」 クロムウェルは、大仰に頷いた。 「――そうだ。仕掛ける以上は、次なる攻撃こそを最終攻撃とせねばならない。ヴァリエール家がどう出ようが、トリステインがどう動こうが、やつらがアルビオンに出師する前に、ニューカッスルを陥とさねばならない。絶対に。何があっても絶対にだ」 しかし、ワルドの微笑は、その獰猛さを隠さない。 「ご安心を。伊達にトリステインの大使を名乗って、ニューカッスルに潜り込んではおりません。すでに攻略法は考えてあります。それに、どのような乱戦になろうとも、小娘一人を守り切るなど、この『閃光』のワルドには、いと雑作もなきこと」 つまり、貴族派がニューカッスルに乱入しても、敢えてトリステインのワルド子爵として戦い、ルイズを守るとワルドは言っているのだ。どちらにしろ小娘の眼前で、裏切り者の仮面を脱ぐ事は出来ないから、捕虜になるまで戦うしかない。 どうせやるなら、そこまで徹底しなければ、芝居も意味を失ってしまう。ワルドとしても、今の段階でルイズの信頼を失うわけには行かないのだから、そこのところは考えてある。 貴族派が欲しい首は、あくまで王党派首脳部の首であり、トリステイン大使ではないのだ。むちゃくちゃな抵抗さえしなければ、自害に追い込まれる事も無いだろう。 「なるほど、流石はトリステインの魔法衛士隊を預かるだけの事はある。大した自信だ。――ならば次は、君が言うニューカッスル攻略法とやらを聞かせてもらおうか?」 「はい」 ワルドは、エール酒を一口飲むと、再び口を開いた。 「閣下は、ニューカッスルの地下に、浮遊大陸の真下から通じる大穴が存在するのを御存知ですか?」 ――今晩中に王党派の息の根は止めてやる。 ワルドは心中で呟いた。 そして、 (だがクロムウェル、貴様がその地位にいられるのも、今宵限りだ) と、いう一言も。 「そうか。やっぱり……ここには、『俺』がいたんだな……?」 うめくように声を上げる風見志郎に、ティファニアは黙って頷いた。 ここはシティオブサウスゴータと港町ロサイスを結ぶ街道から、少し外れた森の中にある小さな集落――ウェストウッド村。 壮年以上の大人たちは誰も住んでおらず、このティファニアと名乗るハーフエルフの少女と、彼女が面倒を見る孤児たちが暮らす、村と呼ぶのもはばかられるほどの、十軒ほどの小さな村。 風見志郎は、その一軒にいた。 自分の事を『ブイスリー』と呼びつつ、物怖じせずにまとわりついてくる子供たち。だが、少女が『彼は疲れているのよ』と言うと、全員仲良く外に出て行ってしまった。 残ったのは、けげんな顔をしている美少女――ティファニア一人のみ。 「正直に言って、わたしには、あなたが何を言っているのかサッパリ分かりません。ですが……わたしたちの知るブイスリーと、あなたが別人であるという事だけは、どうやら信じざるを得ないようですね……」 森の中でワイバーンから助けてやった時に、彼女の見せた反応。明らかにこの少女――ティファニアが、『自分』に面識があることは、風見にも分かっていた。 それほどティファニアの初対面の行動は、風見の予想を超えていた。なんとイキナリ、胸に飛び込まれ、わんわん泣かれてしまったのだ。 V3の姿に怯えて流した涙ではない。ワイバーンから助かった安堵の涙でもない。 逢いたかった信じていたと、再会を祝う涙を流されては、彼としても戸惑う以外に為す術はなかった。自然、この美少女が『V3の姿をした何者か』と、自分を勘違いしていると考えるのが筋であろう。 そう考えることに、いまさら風見は矛盾を感じていなかった。 なんとなれば、ついさっき、愛車たるハリケーンを“逆ダブルタイフーン”で撃墜した、もう一人のV3の姿を、彼自身が目撃していたからだ。 最初、この美少女は、ここにいる風見志郎が、彼女の知る何者かとは明らかに別人であるという事実を、なかなか信じようとはしなかった。 まあ、無理はない。 顔も同じ。声も同じ。同じ特殊能力を持ち、変身後の姿も、何もかも同じ。 何しろ、彼女らの知る“ブイスリー”と、ここにいる風見志郎は、生物的には全く同じ人間なのだ。 そんな人間がぶらりと現れて、おれとそいつは別人だ、などと言ったところで、誰が信じるだろう? 普通はまず、その人物の言い分を聞く前に、正気を疑うのが先だろう。 だからティファニアが最初にした事は、あなたは疲れているのよ、とにかく家に帰りましょうと言って、風見をこの集落に引っ張って来ることだった。 だが、風見のことに、うすうす違和感は覚えていたらしい。 彼女曰く、その“使い魔”は、風見ほどの無愛想さを身に纏ってはいないらしい。 そして、風見の左手に刻まれたルーンを見たとき、初めて少女の瞳にあからさまな警戒が浮かんだ。 「あなたは、いったい誰なんです……? わたしが召喚したブイスリーは確か、そのルーンを左手ではなく、胸に刻んでいたはずですが……?」 「ようやく会話が成立しそうだな」 風見は、怯える少女に、にこりともせずにそう言った。 「その前に聞かせてくれないか。君が召喚した“使い魔”のことについて、詳しく」 「あの人は……1年ほど前に、わたしがサモン・サーヴァントで召喚したんです。まさか、人間が召喚されるなんて思わなかったですけど……」 彼女は、それまで自分をメイジと認識すらしていなかったらしい。 魔法が全く使えなかったわけではない。だが、彼女が使用できる呪文は一つだけ。親代わりに面倒を見てくれた姉も、やがて魔法を教える事に匙を投げ、それ以降、魔法とは殆ど関わりのない生活を送ってきたのだという。 そんな彼女が、“サモン・サーヴァント”を試してみようという気になったのは、彼女が面倒を見ている孤児の一人が、森で野獣に食い殺されてしまった時。血は繋がっておらずとも、『我が子』が非業の死を遂げた悲嘆と孤独に耐えかね、彼女は―― 「で、試しにやってみたら、『俺』が現れた、というわけか」 ティファニアは、その台詞に無言で頷いた。 「でも、ゲートの中から現れたあの人は、何も自分の事を覚えていませんでした。一切の記憶を失っていたんです。覚えていたのは、“ブイスリー”という名前と、変身の能力だけ……」 「怖くなかったのか……? そいつは、――いや、俺たちは、普通の人間じゃないんだぞ」 そう問われて、少女の顔に初めて、うっすらとした笑顔が浮かぶ。 「わたしはエルフの血を継ぐ者です。怖がられる事があっても、わたしが誰かを怖がる事はありませんわ。ましてや、わたしがこの手で召喚した、大切な家族を怖がるなんて」 こっちに召喚された『風見志郎』は、上手くやっていたらしい。少女の笑顔を見て、風見はそう判断した。日本の記憶を失っていたことが、どうやらプラスに働いていたようだ。 (ラッキーな奴だ。帰るべき世界の記憶がなければ、未練の持ちようが無いからな) だが、気になるのは、そこから先だ。 この少女は確か、“ブイスリー”はニューカッスルに行ったと言っていた。 つまり、言わずと知れた貴族派と王党派の戦場である。そんなところへ改造人間が何をしに行ったのか。 「……はい。ウェールズ殿下から密かに打診されたのです。王家のために、そのブイスリーの力を貸してはくれぬか、と」 思わず風見は立ち上がっていた。 「ばかな……!!」 この俺が……たとえ記憶を失っていたとしても、この俺が……“仮面ライダー”たる誇りをドブに捨てて、醜い内戦ごときに力を貸しているというのか……!? 権力の犬となって、改造人間のパワーを、ただの人間相手に振るっているというのか……!? 風見にとって、その一言は、まさしく寝耳に水であった。 だが、その風見の剣幕は、ティファニアを怯えさせるには充分だったのだろう。ひっ、と息を飲み込むと、いかにも済まなさげに、事情を説明し始める。 「ウっ、ウェールズ殿下は、マチルダ姉さんが出て行ったあと、密かに何かと、わたしたちの面倒を見てくれた恩人でもあるんです! 殿下は、王家再興の暁には、ふたたびモード大公家の名誉を回復すると約束して下さいました!! だからブイスリーは……」 だが……。 わたしが止めるのも聞かず、行ってしまったのです。そう言った時、少女の瞳は涙に濡れていた。おそらく、いま彼女の胸のうちでは、彼を制止できなかった自分の無力さを苛む声が、轟くほどの音量で暴れ狂っているに違いない。 「……」 風見は、そんな少女に、かける言葉を持たなかった。 「しかし、本当にいいのかいルイズ? ぼくたちはあくまでお忍びでアルビオンに来ているんだよ。それを……あんな旗を、この城に掲げるということが、どういうことか本当に分かっているのかい?」 「いいんです。もう仰らないで下さい、子爵さま」 ワルドの言葉を切って捨てたルイズの声は硬かった。 「これは、わたしが決めた事なんです。姫さまだって、お父様だって、きっと分かって下さいますわ」 そう言い切った小さな背中は、婚約者の方を振り返りもしない。そのまま靴音を響かせて、ウェールズの部屋に向かっている。 (やれやれ……) ワルドは、心中呟いた。 「殿下、ルイズ・ラ・ヴァリエールとワルド子爵にございます」 扉をノックし、二人は室内に通された。 ルイズは二度目だが、ワルドは初めてだ。この皇太子の私室にしては、呆れるほどに簡素な室内を見て、ワルドは声すら出なかった。 だが、ルイズはそんな事にお構いなく、王子に本題を切り出す。 「殿下。何か、このわたくしにお預けになりたいものがあると伺いましたが……」 「ああ、これだよ。これを是非ともアンリエッタに渡して欲しいんだ」 そう言って、ウェールズは、例の手紙が入っていた小箱から、一冊の小冊子を取り出し、ルイズに手渡した。 「これは……?」 ウェールズは顔色も変えずに答えた。 「我がテューダー朝アルビオンが滅亡の一途を辿った、その過程を、僕なりに分析して記したものさ」 「殿下……!?」 ルイズが絶句する。 形こそ違うが、これはどう考えても遺言ではないか。 「亡国の王子が、この地上に遺せる最後のものだ。何があっても絶対に、アンリエッタのもとに届けてくれたまえ」 「殿下……殿下は、もう、覚悟をお決めになられてしまわれたのですか?」 少女は、王子に詰め寄った。が、ウェールズの微笑みは崩れる気配さえない。 「この政策メモには、本邦衰亡の原因究明以外にも、――国家を興すとはどういう事か、民を牧すとはどういう事か、それを僕なりに頭を捻って、僕なりの答えを書いたつもりだ。きっとアンリエッタの役に立つだろう」 だが、勘違いはしないでくれたまえ。ウェールズは悪戯っぽくそう言うと、 「僕は、これでもニューカッスルで死ぬつもりは、断じてない。この世でテューダー王朝を再興できる者は、この僕以外にいないのだからね。石にかじりついてでも、この包囲網を脱出してみせる」 ウェールズは、ルイズに『亡命はせぬ』と言い切ったその口で、こともなげに王家の再興を宣言する。いや、口だけではない。彼の目からは満腔の自信が溢れんばかりに放たれている。おれならば出来る。彼は真実それを全く疑っていないのだろう。 ――何という男だ……!! 事ここに及んで、未だ望みを失わざる、その覇気。 それでいて、失政の原因をおざなりにせず追求する、その為政者としての目。 ワルドは、このウェールズという男と、もっと違う出会い方が出来なかった事を心底悔やんだ。少なくとも、これほどの男が、同志としてレコン・キスタにいたならば、どれほど心強いか知れたものではない。 だが、もう遅い。 遅いのだ。 ワルドの偏在がニューカッスルを脱け出して数時間になる。 今頃は、レコン・キスタの本陣で、この城を陥落させるための最終作戦会議が行われているはずだ。そして、もうそろそろ、城の真下の大穴めがけて貴族派の艦隊が発進することだろう。 「分かりました殿下……。この手記は、必ずやアンリエッタ姫殿下に手渡させて頂きます」 ルイズが、口を真一文字に結んで誓う。 (何をばかな……トリステインに持ち帰ったところで、宝の持ち腐れよ) ワルドとしても、明晰で知られるウェールズが記した貴重な政策メモを、アンリエッタごときに呉れてやる気はさらさら無かった。テューダー王家滅亡後のアルビオン統治計画に於いて、このメモは計り知れぬ価値をもつであろう。 (安心しろウェールズ。お前の政策は、すべておれたちが引き継いでやる。共和政の名のもとにな) その時だった。 「殿下! 失礼致します!!」 扉をノックした、その声は、いつかの少年兵のものであった。 「使い魔たちから連絡が入りました。叛徒どもが、叛徒どもが動いたそうです!!」 「空襲か?」 ウェールズの問いに、少年兵はむしろ目を輝かせて答えた。 「いえ、それが――貴族派の艦隊は、アルビオンの直下へ向かっている模様です!!」 「えっ!?」 反射的にルイズが声を上げる。 早すぎる!? ヴァリエール家の旗は、もう少しレコン・キスタの諸侯たちを釘付けに出来ると思ったが、甘かったということ!? って言うか、貴族派が何で地下の縦穴を知っているの!? だが、次の瞬間、ルイズはさらに頭脳がフリーズしてしまう。 ウェールズが、声を立てて笑ったのだ。 「そんなに不安そうな顔をしないでくれたまえ、ヴァリエール嬢。こんなにも早く、僕の言葉を証明できる機会が来てくれた事を、つい始祖に感謝してしまったのさ」 むしろ、その言葉に愕然とするのは、ワルドの方であった。 どういうことだ!? それは一体どういうことだ!? 地下の大穴こそが、このニューカッスルの死命を制する弱点だったのではなかったのか!? 「まったく、このニューカッスルの地下港をようやく発見してくれたのか……。無能すぎる敵だと逆にこちらの計算が伴わぬゆえ、困っておったのだが……ふふふふふ……!!」 「はい、――これでようやく、謀反人どもに目にモノ見せてやれまする」 ――虚勢ではない!? ウェールズも、そしてこの少年兵も、まさしく勝利を確信した笑みを浮かべていた。 だが、まだワルドには、ウェールズの腹の内が分からない。 一体どうするつもりなのだろう。艦隊と平行して、包囲軍も動き出しているはずだ。三百少々しか手勢を持たぬ王党派が、それら貴族派全軍を向こうに回して戦えるわけが無い。 「全軍に通達せい!! 『イーグル』号、『マリー・ガラント』号は十分後に艦隊を組んで出航!! 残りの全戦闘員は、武装に身を固め“虎ノ門“に集結! 号砲と同時に地上に攻撃を開始せよ!!」 「はっ!!」 少年兵が退室すると同時に、ウェールズは、獰猛な笑顔で振り返った。 「ついて来られい大使殿よ。これより奇跡を御目にかける」 「きゅいきゅいっ、もう、もうっ、限界なのねっっ」 シルフィードの声の後に、ばたりと人が倒れる音がした。 そして、ごちりと何かが堅い物を打つ音も。 「いたいっ、いたいのねっ!! おねえさま、可愛い使い魔に暴力を振るうのは、ダメなのねっ!!」 だが、シルフィードが愚痴を垂れるのは、ある意味、仕方が無い。 何せ、彼女は竜なのだ。 それが、魔法で人間に変身して、ただでさえ疲れ易いこの暗闇の狭い地下道を、慣れない二足歩行で、一行と共に歩いているのだ。普段している四足歩行に比べて、二重の意味で疲労が溜まるのは当然だろう。 さすがに黙っていられなくなったのか、才人は口を出した。 「おいっ!! 待てよタバサっ!! シルフィの言う通りだ、そろそろ休憩を取ろう!!」 「まだ早い」 「いや、でも――」 「さっき休んだばかり」 しかし、いい加減疲れていたのはシルフィードだけではない。ギーシュやキュルケも、かなり疲労が溜まっていたので、絶好のチャンスとばかりに才人とシルフィードに肩入れする。 「まあ、そう言うなよタバサ。あまり無理をしても行軍速度が遅くなる一方だと思うよ」 「仕方ないわね。あたしは別にそれほど疲れてないんだけど、ギーシュやサイトが、そう言うんなら、小休止を取るにやぶさかじゃないわよ」 ふん。 暗闇の中、タバサが溜め息を洩らす音が聞こえる。 「なら、10分休憩」 その声は、冥界のような暗黒の中でも、彼ら三人にとっては、天使の吐息のように聞こえた事だろう。キュルケ、ギーシュ、才人は安堵の息を吐きながら、闇の中に腰を降ろした。 「きゅい~~~」 先程から寝転がりっぱなしのシルフィードも、喜びの声を上げる。 タバサは焦っていた。 ニューカッスルまで、およそ20リーグ。 まともに歩けば一日の距離。シルフィードで飛べば一時間の距離だろう。 だが、ヴェルダンデが掘り出した、この地下道を歩き出して、そろそろ二日目になろうというのに、一行は、まだ道程の三分の二も踏破していない。 このままのペースだと、最悪ニューカッスルの陥落に間に合わない可能性もある。 だが、無理を強いる事は出来ない。 タバサとしても、この一寸の光さえ差さない闇中行軍が、これほど人間の体力を削ぐとは思ってもいなかったからだ。夜の闇より更に深い暗黒の中を、手探りで歩く。――これが夥しいほどの集中力と体力を要する作業である事を、彼らはまさしく思い知ったのだ。 だからといって、この迷いようも無い一本道で、無意味に“ライト”の魔法を使うなど、魔力の無駄遣いもいいところだし、かといって松明を燃やすなどさらに論外だ。 だが、タバサ自身の不安要素は、まだ存在した。 そう。実は、口にこそ出さなかったが、タバサも疲労の度合いは、ギーシュやキュルケたちよりもさらに重いものであった。 何しろ彼女は、常に魔法を使って、酸欠防止のためにトンネル内の空気を動かしながら進んでいるのだ。ただ歩いているだけの他の連中より疲れていても当然だろう。 (でも、もう……いまさら引き返すわけにも行かない) タバサは、自らが立案したこの地下道行軍に、少なからぬ不安を感じ始めていた。 「10分経った」 そう言うと、タバサは立ち上がった。 いつまでも休んでいるわけには行かない。時間がない、ということもあったが、あまり横になったり腰を落ち着けたりしていると、体全体に蓄積した疲労が下半身にきてしまう。そうなると、本格的にやばい。もう歩けなくなってしまう。 「きゅいきゅい~~」 いかにも嫌そうなシルフィードの声が響く。 やれやれ、どっこいしょ。といったギーシュの声や、あとどれくらい歩くのかしら、といったキュルケの声も聞こえて来る。さすがに『あと6リーグちょい』とは、タバサとしても言えないので、黙っておく。 いま自分たちが、何リーグ歩いて来たのかは、歩幅と歩数で見当は付く。 142サントのタバサの体格なら、やや小股で歩幅は50サント程度と換算すれば、あとは歩数計算で現在位置は割り出せるからだ。歩数のカウントは、タバサは魔法を使いながら、ほぼ無意識でやっていた。 だが、そんな無意識行為が、彼女の集中力をより消耗させているのも、また事実だ。 (あと……6リーグ……!) 腰がふらつき始めたタバサには、その距離は、果てしないものに思えた。 その時だった。 恐ろしいほどの地響きと同時に、凄まじいまでの地震が、この地下道を襲ったのだ。 「……なっ、!!?」 まるで地面の下で、大爆発でも起きたかのような轟音が響き、そして…… 「ああっ!!」 ギーシュが叫んだ。 地下数メイルの坑道の天井に、巨大な亀裂が走ったのを、土系のメイジである彼だけが感じたのだ。 「まずいぞ!! このままじゃ、僕たち――」 「オイ赤毛の嬢ちゃんっ!! 天井をぶち抜いて脱出だっ!!」 ギーシュの言葉を遮る形で、それまで黙っていたデルフリンガーが喚き立てる。 だが、天井をぶち抜けば、そこにあるのは敵陣である。いくらキュルケでも、はい分かりましたと答えられる指示ではない。 「早くしろっ!! このままじゃ、俺たち全員生き埋めだぞっ!!」 キュルケとしても、そう言われてしまえば、さすがに黙ってはいられない。 「タバサっ……!?」 とっさに松明代わりに、小さな炎を灯し、タバサを振り返る。 この面子の中で、坑道の天井を吹き飛ばせるほどの破壊呪文を使えるのは、『火』のトライアングルたるキュルケのみだ。だが、キュルケは自分の呪文以上に、タバサの冷静沈着な判断力を評価していた。こんな異常事態ともなれば、なおさらだ。 そして、タバサは――キュルケを見返し、頷いた。確たる意思を込めた瞳を光らせて。 「ええ~~い!! しょうがない!! みんな、目をつぶって耳を塞ぎなさいっ!! ボッとしてたら鼓膜をやられるわよっ!!」 ルイズは、何が起こったのか分からなかった。 ただ、耳をつんざくほどの爆発音がして、その爆発がまるで花火のように、次から次へと拡がったかと思うと、遥か真下の大洋から、何かが水面に叩き付けられる音がひっきりなしに響き、……そして数分後、ようやく静寂が訪れた。 アルビオンの直下に潜り込む航路を取った貴族派艦隊。これまで座礁を恐れて浮遊大陸の真下には決して進軍して来なかった貴族派のフネが、敢えてその進路を取ったのは、ニューカッスルの大穴の存在に気付き、それを封鎖・占領するためであろう。 それを迎撃するために、ニューカッスルの地下港から出航した『イーグル』号。 ――ワルドとともに『イーグル』号の艦橋に入室を許されたルイズだが、それ以上は分からない。何かが起こった。いや、王党派艦隊が何かを起こしたのは間違いないようだが、爆発音と着水音からだけでは、ルイズの脳では、事態を推測し切れない。 なにせウェールズをはじめ、艦橋にいる王立空軍の士官たちは、説明どころか、空を睨み据えたまま言葉一つ発しないからだ。いや、ルイズと同じく蚊帳の外に置かれているはずのワルドさえも、苦虫を噛み潰したような表情のまま、沈黙を守っている。 「伝令!! 伝令です!!」 そこに、例の少年兵が飛び込んできた。 「作戦は成功!! 敵艦隊は、およそ四個艦隊を大破・墜落させた模様です!!」 その瞬間、艦橋は歓声に包まれ、ルイズとワルドを除く、すべての士官・船員が飛び上がって喜悦の表情を見せた。 「よぉし!! 『イーグル』号はこのまま前進!!アルビオンの地上に出て、敵残存艦隊に攻撃をかけるぞっ!!」 ウェールズの声に、その場にいた全員が咆哮を上げる。 ちんぷんかんぷんな顔をしているルイズを、ほったらかしにして。 (ウェールズめぇ……!!) ワルドの奥歯が、ぎしりと音を立てそうになる。 有能な軍人であったワルドには分かっていた。王立空軍が、一体何をしたのかを。 「ねえ、子爵さま、いったい殿下たちは何をなさったの? 四個艦隊が全滅って、さっきの爆発がそうだっていうことなの?」 ルイズが、どこまでも素朴な質問をしてくる。 ワルドは、舌打ちを懸命にガマンしながら、口を開いた。 「浮遊大陸の真下の岩礁部分に、おそらく“火の秘薬”を仕込んであったのだろう。それを大砲で、一斉射したのだと思うよ」 「……?」 「爆発が爆発を呼び、吹き飛んだ岩礁が、それこそ無数の『砲弾』と化して、その下を進んでいた貴族派の艦隊を襲ったのさ。座礁すればフネさえも沈める巨大な岩礁に、雨あられのごとく降られては、貴族派としても死の川を渉る以外に道は無かったろうよ」 「そんな……だって、浮遊大陸の真下は、光一筋差さない暗黒地帯なのよ? どうやって貴族派の艦隊を補足したって言うの?」 「おそらく使い魔にコウモリでも飼っているメイジがいるんだろう。いや、スクウェアクラスの風メイジならば、たとえ暗闇でも、風を見て艦隊の位置を特定する事は、決して出来ない相談じゃない」 「ご名答!!」 ウェールズは笑っていた。 一分の曇りも無い、まさしく勝利を確信した笑い。 「そして、我らが王党派の軍団は、たったいまの爆発音を合図に、地上へ躍り出て、貴族派の包囲軍の尻を衝いているはずさ」 「尻――ですと!?」 もはやワルドの敬語は、勢い的にカタチだけだ。 だが、勝ち誇ったウェールズは気にもせずに笑い続ける。 「そうさ! 君たちはニューカッスルの地下宮殿が、どれほどの規模のものか知らないだろう? 城から一番遠い鍾乳洞の隠し出口は、なんと城の本丸から直線距離にして5リーグのところにあるのさ!!」 ――城の本丸から、直線距離にして5リーグ……!! ワルドは慄然とした。 彼は、ニューカッスルを包囲する、貴族派の正確な布陣を知らないが、5リーグといえば包囲網の、文字通り陣中の真っ只中だ。もし、そんなところから、王党派が不意に、地面を突き破って出現したとしたら……!! (包囲網は、いや貴族派は、大混乱になるだろう……!!) 「地上に出ますっ!!」 『イーグル』号は、『マリー・ガラント』号を引き連れて、いま、アルビオンの上空に姿を現した。久しぶりに見る双月が、まるで彼らの勝利を祝うかのように、やわらかい月光を放っている。 「よぉし! 艫綱を切れぇ!!」 ウェールズの号令一下、火を放たれ、硫黄を満載した『マリー・ガラント』号が、ゆらりと落下し始める。――クロムウェルの本陣とおぼしき地点に向けて。 「叛徒どもよ! くだらぬ贈り物だが、是非受け取ってくれ。かつての主君からの心尽くしだ!!」 その瞬間、先程にも勝るとも劣らぬ大爆発が地上を包み込んだ。 二隻しかないフネの一隻を、こんな自爆テロまがいの使い方で……!? ルイズは唖然とウェールズを振り返る。 だが、それだけに、確かに威力は凄まじいだろう。なにせ、天幕でびっしり埋められた陣中真っ只中に、火薬を満載したフネが墜落したのだ。おびただしい被害が出たのは間違いないはずだ。 ルイズは、思わず下を覗き込んだ。 火炎地獄の中を、人がまるで蜘蛛の子を散らしたように逃げ惑っている。いや、もう貴族派の包囲軍はズタズタだ、と言い切ってもいい。 だが、ウェールズはなおも容赦しない。 「全砲門を開けぇっ!! 今のうちに、貴族派の残存艦隊に総攻撃を仕掛ける!! 奴らの指揮系統が回復しないうちに、出来る限りフネを沈めておくんだぁっ!!」 そのときだった。 「サ、イト……!?」 見間違いではなかった。 紅蓮の炎に包まれ、大混乱に陥ったレコン・キスタ。 地面を吹き飛ばし、突破口を確保し、そこから敵陣を中央突破してゆく王党派の陸戦隊。 だが、 彼ら王党派と、全く見当違いの地面から、のそのそとモグラのように這い出てきた少年少女たち。 泥まみれで、顔の判別さえつかないが。――いや、それ以前に、ルイズの視力では、この距離から、彼らを識別する事など不可能なはずなのだが、……それでもルイズには分かった。 「サイトぉぉぉっっっ!!」 「っ!? 何をする気だルイズ! 自殺する気かっ!?」 ワルドが、少女の矮躯を懸命に取り押さえる。 「離してぇっ!! あそこにサイトが、サイトがいるのよっ!! 離してぇぇっっ!!」 前ページ次ページもう一人の『左手』
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/7697.html
前ページ次ページウルトラ5番目の使い魔 第81話 アルビオン決戦 烈風vs閃光 (前編) 古代怪鳥 ラルゲユウス 円盤生物 サタンモア 登場! 才人とルイズたちが時空間に囚われていた間に、事態は大きく動いていた。 レコン・キスタ艦隊はすでにロンディニウムを後にして、王党派陣営を直撃するために 進撃中だという。 「どういうこと? アルビオン艦隊は風石不足で動けないはずじゃあ」 「ヤプールもなりふりかまうのをやめたってことだろ。どのみち正攻法じゃあ レコン・キスタの逆転がなくなった以上は、適当に使い切ってポイ捨てってとこだろうな」 ゼロ戦をシルフィードとともに飛ばしながら、才人はこの先始まるであろう 血みどろの戦争を想像して吐き捨てた。彼らが時空間にいる間に敵艦隊は この場所を通過して、今やずっと先にいるはずだった。むろん、そのときは タバサたちの前を通り過ぎていったのだが、さすがに艦隊相手には手が出せず、 森に隠れてやり過ごした後に才人たちが戻ってきたのだ。 二人はレコン・キスタ艦隊がすぐには風石不足で動けないと、甘く見ていた ことを後悔した。 「もっと速く飛べないの?」 「だめだ、時空間内でいろいろ無茶をやったツケが回ってきやがった。これ以上 加速するとエンジンが止まるかもしれん」 ゼロ戦は時空間脱出の後から、一定以上にトルクを上げようとすると異常振動を 起こすようになっていた。どうやらエンジンのどこかを損傷したのか接触が 悪くなってしまったようだが、元々放棄されていた上に、エアロヴァイパーと あれだけ激しく戦ってなお飛び続けられたことこそ奇跡に近い。 かといってシルフィードも翼を怪我したままで、エースもコッヴとの戦いで エネルギーを消耗している。一行は、行きに比べて遅くなった足で、焦りながら 来た方向へと飛び続けた。 だがそのころ、才人たちのはるか前を航行するアルビオン艦隊は、もはや レコン・キスタの全戦力となった一万の兵力を全て乗せ、窮鼠猫を噛むの言葉を 自ら実践するために殺気を撒き散らしながら進んでいた。 「進め進め、今敵は油断しているだろう。勝利は我らの前にあるぞ」 艦隊旗艦レキシントン号の艦橋から全艦に向かって流されたクロムウェルの 士気を鼓舞するための演説を受けて、各艦のレコン・キスタ派の貴族が 大きく歓声を上げるが、この艦の艦長、サー・ヘンリ・ボーウッドらのような 非レコン・キスタ派の人間はもうやる気を失っていた。 「いったい、なんのために戦うのか?」 もとより革命などに興味のなかった彼のような人間は、もはや趨勢を 変えようもない今になっても、戦い続けなくてはならないことに疑問を 抱かずにはいられなかった。 確かに、ここでウェールズら王党派の首脳陣を抹殺してしまえれば 王党派は力を失うが、後に残されるのは国内の混乱と国力の疲弊、 それにともなう税率引き上げによる圧政だ。一部の者のみを喜ばせる ために国の将来を犠牲にする戦いに、彼のような実直な人間は苦悩したが、 その軍人としての実直さゆえに彼は上官たるクロムウェルに逆らえなかった。 「索敵の竜騎士から連絡、前方距離四十万に王党派軍を確認」 「全艦、砲雷撃戦用意!」 ボーウッドの命令が全艦隊に伝達され、将兵は配置につき、大砲に砲弾が 装填されていく。彼は本来この艦の艦長にしか過ぎないが、本来の艦隊司令官である サー・ジョンストンが主力軍全滅の報を聞いて、脳溢血で卒倒してしまったので ほかに艦隊指揮のできる人間もいないことから、不本意ながら司令官代理を 勤めて、かつて忠誠を誓った相手に挑まなければならない羽目に陥っていた。 「後世の人間は、私のことを恥知らずな裏切り者と記すかもしれんな。だが、 それが私の運命ならば、もはや仕方あるまい」 唯一の救いは、彼らはもはやクロムウェルが人間では無く、レコン・キスタも 王党派もこの世から消してしまおうとしていることを知らずにすんでいることだろう。 破滅へ向かって、様々な思いを乗せながら、レコン・キスタ艦隊はついに 王党派陣営を空からその視界に捉えようとしていた。 その一方で王党派陣営も、再編を完了して行軍を再開しようとしていたが、 上空警戒中の竜騎士が大型戦艦を中心とした大小六十隻の大艦隊を 山影のかなたに発見して、即座に行軍準備の完了を待っていたウェールズと アンリエッタの元へ報告していた。 「この局面で艦隊を投入するだと? 敵は何を考えているのだ」 報告を聞いたウェールズは呆れかえった。ここでいささかの損害を王党派軍に 与えたところで、現在ほとんどの拠点を王党派が抑えている今となっては 補給もできずに艦隊はすぐに行動力を失う。むしろ戦略的にはロンディニウムで 持久戦に入り、艦隊の強大な攻撃力と防御力を防衛に活かし、戦局の転換を 図るべきなのに、なぜわざわざ長躯して艦隊をすりへらそうというのか? 彼は常識的な人間なので敵の意図を読みかねた。むしろそこが用兵家 としての彼の限界を示しているのかもしれなかったが、彼より客観的に、かつ、 貴族というものの負の面を彼より見慣れてきたアンリエッタには想像がついた。 「追い詰められて冷静な判断力を失い、無謀な冒険に出てきたのでしょう。 おそらく、わたしたちの首をとれば逆転できると考えて……まあ、あながち 間違いではありませんが、ともかく、艦隊戦力を持たない今の私たちには強敵です。 すぐに迎撃の準備をしましょう」 ここでハルケギニアのことをまだ詳しく知らない才人なら、空を飛ぶ艦隊に なすすべを失っただろうが、ハルケギニアでは空中艦隊は当たり前である 以上それに対抗する手段も当然ながら存在し、敵襲の報はすぐさまアルビオン軍 七万に伝達され、「全軍、対空戦闘用意」が下命された。 また、アンリエッタもアニエスにトリステイン軍一千五百も戦闘参加することを命じた。 そのときアニエスはレコン・キスタ軍が来たことで才人たちが失敗したのかと、 彼らの身を案じていたが、冷静な軍人の部分の彼女は冷徹にアンリエッタの 命令を遂行していった。 砲兵に配備されている大砲は、アルビオンの冶金技術で作られたものは 射程が短く対空用に使えないために後送されてカモフラージュの布をかけられて 隠され、輸入品であるゲルマニアの少数の長砲身の大砲は榴弾を装填されて 高射砲へと変わっていく。 さらに、チブル星人によって与えられた銃は星人の死によってハルケギニアの 標準的な性能に戻っていたが、銃兵は弾を込めて待機し、弓矢や槍しか持たない 平民の部隊は即席の蛸壺を掘って、その中に避難していった。砲弾による被害と いうものは、大部分が爆風と破片によるもので、地中に隠れれば直撃でも 受けない限りは安心だ。陸兵が無事なうちは、敵も兵士が無防備となる 降下作戦には移れないだろうので、これでも充分に敵への威圧になる。 そして、頼みの綱はやはりメイジだが、火や風の優れた使い手は火炎や 風弾を数百メイル飛ばせるために攻撃に、やや劣る使い手や土の使い手は 防御壁となるために、水の使い手は消火および救護要員にと、指揮官さえ 復活すれば熟練した軍隊の動きを取り戻して、きびきびと配置についていく。 それらは、地球でも航空機が戦争に使われるようになってから見られる ようになった光景と、ハルケギニアならではものを合わせた軍事行動であったが、 敵は空に浮かんだ艦隊、この程度で対抗できるのだろうか。 そんなとき、参謀の一人がもっとも対艦戦に有効な竜騎士が足りないと言ってきた。 「殿下、敵の射程に入るまでにはあと三〇分ほどと思われますが、現在 戦闘可能な竜騎士はおよそ一〇〇騎、いささか心もとなく存じますが いかがいたしましょう?」 ブラックテリナとノーバの影響で、竜騎士は大部分残っていたが、肝心の 竜のほうが暴徒化した人々に襲われたり逃げたりして、半数もの数が 使えなくなっていたのだ。 だが、アンリエッタの助力を得て、名誉挽回に燃えるウェールズは、 ほんの少し前まで廃人の一歩手前だったとは思えないほど果敢に攻撃を命じた。 「かまわん、全騎を出撃させろ。数だけにものをいわせる烏合の衆などに 先手をとらせるな!」 そのウェールズの攻撃的な姿勢に、病み上がりに不安を抱いていた参謀は 驚いたが、それでは竜騎士を無駄死にさせるだけだと反論した。 「待ってください。一〇〇騎の竜騎士は我が軍の唯一の空中戦力です。 これを失ってしまえば……」 「わかっている。正面きって激突すれば我がほうは数で負ける。しかしな……」 そこでウェールズはアンリエッタと、彼女のそばで控えているアニエスから 教えられた、アルビオン軍の弱点と、魔法の使えない銃士隊がメイジと戦って これた戦法を応用して、その弱点を突く作戦を説明していき、全部を聞き終えた 参謀は今度こそ本気で驚いた。 「そんな、しかしそんな戦法では我が軍の誇りに傷がつきましょう」 「馬鹿者! 負ければ奴らは我々のことを臆病で惰弱な愚か者だったと世界中に 言いふらし、あらゆる歴史書にそう書き残されるであろう。そうすれば我らの 誇りなど闇に葬られる。それに空から地上の人間を虐殺しようとしてくる敵に、 なんの遠慮がいるのか!」 宮殿の端整な貴公子から、戦場の猛将のものに変わったウェールズの 怒声に、参謀は目が覚める思いがすると同時に、彼への評価を改めていった。 「わかりました。では命令を徹底しましょう」 「そうだ。あとは地上からの対空砲火で敵艦隊を漸減していく」 「それで、あの艦隊と戦えますか?」 「そこはやりようだ。敵とて無理をしてここまで来ている上に、艦隊に乗っている 一万程度の戦力では七万の我々を制圧することはできないから、艦隊さえ なんとかしてしまえばレコン・キスタの命脈はそこで尽きる」 ウェールズは残された時間でいかにして敵艦隊を迎撃するか、脳細胞を ここで使い切るくらいに考えた。こちらの持っている戦力はすべて把握 しているから、あとはそれをどれだけ効率よく使い、敵の弱点をつけるか どうかで勝敗は決まる。彼は王党派の命運がかかっているのもあるが、 とにかくじっと見守っているアンリエッタにみっともない姿は見せられないと考えていた。 「婦女子に戦争の手ほどきをしてもらうようでは、アルビオンの男は天下に 大恥をさらしてしまうだろう」 それは、敵襲の報告を受けてすぐのこと、ウェールズは復帰してから調子を 早く取り戻そうと、焦りながらもてきぱきと指示を出していっていたが、 艦隊を相手にしては、とりあえず対空戦闘準備を命じたものの、すぐには 続いて出す有効な手立てを思いつけなかった。 だが、そうして悩むウェールズに、参謀が伝令のために立ち去って、人目が なくなったことを確認したアンリエッタは優しげに話しかけた。 「ウェールズ様、今はわたしもここにいます。あなたの苦しみはわたしの苦しみ、 わたくしにもあなたの苦しみをわけていただきたく存じますわ」 「いや、アンリエッタ、君の気持ちはうれしいが、軍事上のことを君に相談しても 仕方が無い。ことは君のような可憐な人には似合わない、殺伐とした世界のことなのだ」 「いいえ、確かに敵は強大ですが、敵は隠しようも無い弱点をいくつも持っています。 それを突けば、勝利は遠くありませんわ」 アンリエッタは驚くウェールズに向けて、レコン・キスタ艦隊の弱点を一つ一つ 説明していった。 空を飛ぶ艦隊は地上の軍隊にとって天敵と思われがちだが、決してそんなことはない。 確かに、まともにぶつかれば力の差は圧倒的だが、巨艦をそろえたら強いので あれば駆逐艦や巡洋艦はいらなくなるし、陸戦でも歩兵より戦車が強いのなら 歩兵はいらなくなるが、実際にそんなことはない。なぜなら、巨大であることは メリットだけでなくデメリットでもあるからだ。 「ある意味、追い詰められたのは彼らでもあるのです。なにせ、危険物を満載した 当てやすい目標に潜んでいてくれるのですから」 そう、戦艦とはいわば動く火薬庫で、もしそこに攻撃が命中すれば一瞬にして 炎は自らを焼き尽くす。地球でも過去に不沈とうたわれた多くの巨大戦艦が、 弾火薬庫への引火で沈没している事実からも、それは疑いない。また、図体が でかい分だけ攻撃をこちらから当てやすいというのもあり、舵、姿勢制御翼、 マスト、指揮艦橋など、一発でも攻撃を受ければ艦の機能に著しい障害を 与えるところはいくらでもある。 それに対して、防御を固めた七万の兵隊を高高度からの砲撃だけで全滅させるのは 困難で、精密射撃を試みたり陸兵を下ろそうと低高度に下りようとすれば、降下中が 絶好の攻撃のチャンスとなる。 「それに敵は指揮する貴族は後がなくなってヒステリーになっていますし、兵士は 勝つ価値の無い戦いに厭戦気分が高まっているでしょう。そこにもつけいる隙はあります」 それらの考察は、軍事の専門家を自負するウェールズをうならせるのに充分な もので、勝機があるどころか王党派の優勢をも示すそれには、発想を転換して みればピンチはチャンスにもなるという、もう一つ言うならば心に余裕を持てという アンリエッタからのアドバイスであった。 「敵は数の半分の力も出せないでしょう。油断さえしなければ、恐れるべきものはありません」 「うむ。君の洞察力は、僕の想像を超えているようだ。けれど、君はそれほどの見識を いつのまに身につけたのだい?」 「ウェールズさまのお役に立てるのでしたら、わたくしは何でもいたしますわ。 ただ、ちょっとわたくしは軍事顧問の先生に恵まれましてね、ほほ」 軽く口を押さえて上品に笑うアンリエッタを、ウェールズは唖然として見ていた。 両軍が激突したのは、それから二〇分後の、双方の竜騎士隊の接触からである。 「撃ち落してくれる!」 「全騎、迎撃せよ!」 レコン・キスタ軍二一〇騎、王党派軍一〇〇騎の火竜、風竜の大部隊同士は 正面きって激突した。 たちまち竜のブレス、魔法の応酬、竜同士の牙と爪の組み合い、さらに 近接しての騎士対騎士の肉弾戦があちこちで繰り広げられる。だが、最初の 戦局は数で圧倒的に勝るレコン・キスタ側が優勢に進めた。 状況が変わったのは、戦闘開始から十分ほど経ってからである。敵側の 竜騎士はレコン・キスタ派の貴族が多数であるから、文字通り必死になって 攻撃してきたが、ウェールズから作戦を与えられた王党派陣営の竜騎士隊は 敵軍の凶熱をまともに受け止めようとせずに、戦力を温存しながら負けて逃げ帰る ふりをして、追いかけてきた敵を友軍の銃兵の射程に誘い込んで撃墜していった。 「追撃戦をしているときこそ、一番敵の奇襲を警戒せねばならんものだ」 これはアニエスがまだ無名であった銃士隊の原型の部隊を率いていた頃 使っていた戦法の一つで、一部が負けたふりをして逃げ帰り、敵を逃げ場の無い 十字砲火の巣に引きずり込んで殲滅するというもので、これに一度誘い込まれれば メイジだろうがオーク鬼だろうが反応するまもなく蜂の巣になるのだ。 「卑怯な!」 レコン・キスタ側の竜騎士は怒ったが、王党派の竜騎士は彼らとは反面、 はぐれメイジやレコン・キスタに親兄弟を奪われた貴族の生き残りがその多数を 占めていたから、勝つためには手段を選ばずに、そのほかにも二、三騎で一騎を 袋叩きにしたりと、数で勝る敵軍と互角の空中戦を演じた。 そして、とうとうやってきた艦隊に対しての王党派軍の反撃は、卑怯な戦い方を してきたレコン・キスタのやり方を跳ね返すような徹底したものが加えられた。 「ごほっ! ごほっ! くそっ、煙幕とは」 接近して大砲を撃ってこようとしてきた艦隊に、風向きを計算して、二千の兵が 油や木材を焚いて放たれた煙幕がもうもうと襲い掛かる。これは一見地味だが、 軍隊なら必ずあるタバコの葉や竜など動物の糞を乾燥させたものをくべることで、 催涙ガスともなって、煙の上がっていくほうにいる艦隊の将兵の目と喉を痛めつける。 「おっ、おのれ! 風のメイジは煙を吹き飛ばせ」 それぞれの艦の艦長は当然の命令を出したが、これもまたウェールズの 作戦のうちであった。密集した艦隊のそれぞれから放たれた『ウィンド・ブレイク』 などは確かに煙を吹き飛ばす働きをしたが、同時に煙の先にいた味方に 当たって、敵の攻撃と誤解されて逆に風の槍を返されるという同士討ちが あちこちで見られた。 「うろたえるな、高度を上げて振り払え!」 熟練の指揮官であるボーウッドは、味方の醜態に舌打ちしつつ艦隊を守ろうと 命令を飛ばすが、彼より爵位の高い貴族の艦長の操る船はその命令に従おうとせず、 バラバラの方向に転舵して、挙句の果てに味方同士が衝突して沈没するという 最悪の展開を生み出した。 「連中は素人か、なにをやってるんだか」 王党派のパリーという老いた将軍は、まともに統率すらとれていないレコン・キスタの 艦隊に呆れかえった。敵の大艦隊が接近中の報を聞いたときには、皇太子殿下を お守りして名誉の戦死をとげようと覚悟していたのに、相手がこれではもったいなくて 到底死ぬ気にはなれなかった。 だがそれというのも、全体の司令官たるクロムウェルが艦隊戦はわからんよと 早々に命令を出すのを放棄して、あとは戦意だけはあるが協調性がない艦長たちが 司令官の命令をあちこちで無視したり、戦意不足な兵士たちがサボタージュを したりしたので、アンリエッタの予言どおりにせっかくの大艦隊も、その実力の 半分も出せてはいなかった。 それでも、まだ艦隊は健在であるので、今度は本格的な攻撃が艦隊に襲いかかった。 「高射砲隊、撃ち方始め!」 地球の基準からいえば、それは多少長く見えるだけの鉄の筒にすぎないが、 王党派がありったけの財力と交渉を駆使してもたった四門しか手に入らなかった その砲は、射程八リーグ、砲弾到達高度三〇〇〇メイルと、砲兵器では砲亀兵と 呼ばれる部隊が持つ、射程たった二リーグほどしかないカノン砲が最強クラスの ハルケギニアでは、とにかくバカ高いことをのぞけば、戦艦殺しとして大いに 期待される新兵器で、それが一斉に高度一〇〇〇のアルビオン艦隊に向けて放たれた。 「着弾! すごい威力だ」 放たれた四発の砲弾のうち、三発は外れてかなたの森に火柱を上げるだけに とどまったが、護衛艦『エンカウンター』の右舷艦首付近に命中した一発は、 艦首の兵員室を吹き飛ばした後に、二本あるマストの前部を倒壊させて、 八〇〇トン程度しかないこの船を、即座に戦闘続行不能、総員退艦に追い込んだ。 「全砲、射角調整急げ! いける、この砲なら戦艦でも沈められるぞ」 だがそれでも、数にものをいわせた敵艦隊は、おそるべき対空砲火に 犠牲をはらいながらも、高高度から王党派軍主力の頭上に砲弾を降らせようと 艦首付近の砲門を開き、砲弾を装填した。 「見ておれ、下賎なるものどもに鉄槌を下してくれるわ!」 怒りに燃えているレコン・キスタの若い貴族の士官は、ともすれば手を抜こうとする 兵士たちに杖を向けて脅しながら砲撃準備を整えさせると、やっと煙幕を 脱して視界に捉えた王党派の陣地に向かって、「砲撃開始」と怒鳴った。 火薬が砲内で一瞬にして燃焼して、そのガス圧で音速近くまで加速された 球形の砲弾が数十発撃ち出されて、さらに重力の助けも借りて地上に這いずる 敵兵を粉砕した。 「やったぞ、ようし、あの敵兵が固まっているところにどんどん撃て」 調子付いた彼は、旗が何本も立って人影の多く見えるところへの砲撃を命じ、 周りの艦の同じような若い士官もそれに続いた。 だが、彼らにとっての敵は阿鼻叫喚どころかほくそえんでいた。 「馬鹿な連中だ。人形だということに気づいていない」 そう、それは土のメイジが作った等身大の泥人形に、華美な貴族風衣装を 着せたダミー人形で、本物の人間は別のところに目立ちにくい格好で分散して いたので、人的被害はほとんど発生していなかった。 これが、熟練したボーウッドのような指揮官であったら即座に見破って 無差別砲撃を加えていたであろうが、ダミーやカモフラージュといった戦法は 効果、歴史ともに深く古いものであって、たとえば三国志の諸葛孔明が 赤壁の戦いでかかしを積み込んだ船に攻撃させて十万本の矢を集めたり、 近代でも爆撃から守るためにニセモノの工場や飛行場をわざわざ作ったり、 停泊している航空母艦を迷彩ネットで覆うばかりか、甲板上に小屋まで建てて 島に偽装した例が実際にあるので、若くて血気盛んだが経験不足な士官たちは こんなものでもあっさりとだまされてしまったのだ。 ボーウッドは味方が見当外れの方向を攻撃していることに気づき、忠告して やめさせようとしたが、その隙に王党派軍の攻撃部隊は艦隊の真下にまで 潜り込んでいた。 「目標は直上、全員撃て!」 空に浮かんだ敵艦への最短距離である真下に陣取ったメイジたちは頭の上に 向かって総攻撃を開始した。火球を投げつける者、空気の槍を発射する者、 ガーゴイルを体当たりさせるものなどいろいろだが、目標は船にとって死命を 決する最重要の木材である竜骨に集中していたのだけは変わりない。 以前才人たちの乗った『ダンケルク』号が竜骨が折れかけて沈みかけたように、 竜骨が折れればそのまま船は真っ二つになる。むろん軍艦は重要な部分の 部品には念入りに『固定化』がかけられているが、それも同等以上のクラスの 高レベルのメイジの連続攻撃に耐えるには限度があり、外れても船底は もっとも防御が薄い部分であるために、艦内に飛び込んだ魔法が被害を与えていった。 「真上と、真下、さて、もろいのはどちらでしょうか?」 戦いは、情け容赦なく敵の弱点を突け、アンリエッタは彼女の軍事顧問から 叩き込まれた鉄則を忠実に実行して、レコン・キスタ軍をすり減らしていっていた。 これが、能力、士気ともに万全であったなら、レコン・キスタ軍は王党派に 大打撃を与えられたかもしれないが、積極性を欠く指揮官と、実戦経験の薄く 士気の低い将兵に操られていたのでは、そもそも勝てる道理がなかった。 だが、まだ旗艦レキシントンほかの多数の艦が健在で、往生際悪く 砲撃を続けてきて、こちらにも無視できない死傷者が出ている。アンリエッタは、 敵が損害の大きさに驚いて撤退してくれればいいがと期待していたが、それが かなわないと悟ると、味方と、そして敵の犠牲をこれ以上拡大させないために 切り札を投入することを決断した。 「やはり、使わざるを得ませんか……すみませんが、よろしくお願いいたします」 「御意」 アンリエッタの命を受けて、それまで彫像のように直立不動の姿勢で彼女の 傍らに立ち続けていた鉄仮面の騎士が、ゆらりと最敬礼の姿勢をとった。 それから五分後、硬直状態にある戦場で、その姿を最初に見つけたのは レコン・キスタ艦隊の戦艦『レパルス』の見張り員であった。 「なんだ……鳥?」 太陽の方向にちらりと見えた影が一瞬陽光をさえぎったので、手で光を さえぎりながらそれが何かを確かめようと見上げたが、次の瞬間にその影が 今度は完全に太陽を覆い隠すと、それが鳥どころかドラゴンより巨大であると 気づき、反射的に絶叫していた。 「ちょっ、直上から敵襲ぅっ!」 しかし、彼の叫びは艦長の命令ではなく、その鳥の方向から放たれてきた 『エア・カッター』によって返答された。彼がまばたきしている間に、空気の 刃はレパルスの四本あるマストと甲板上にある人間と救命ボート以外の全てを バラバラに切り刻み、さらに舵をも破壊することによってこの船を瞬時に戦闘不能に 追い込んだのだ。 「レパルス大破! 戦線を離脱します」 ボーウッドの元にその報告が届いたときには、すでに第二第三の犠牲者が レコン・キスタ軍の沈没艦リストに予約を確定させていた。巡洋艦『ドーセットシャー』が 特大の『エア・ハンマー』で甲板を押しつぶされ、戦艦『リベンジ』が『エア・カッター』で 真っ二つにされて墜落していく様は、何人もが目をこすってほっぺたをつねってみたほどだ。 「いったい何が……」 破壊された三隻から、乗組員たちが救命ボートで脱出を図っている。彼らにとって さらに信じられなかったのは、攻撃を受けた三隻ともに轟沈にはいたらずに、 戦闘不能かゆっくりと墜落していくことになったので、乗組員のほとんどが 無事に脱出できていることだった。 が、それも三隻の艦を撃沈せしめた上空の敵が降下してきたときには、甲板上の 全ての大砲を向けろという命令にすりかわって、彼らは対空用の榴弾を込めた 大砲を謎の敵へとぶっ放した。 「二時の方向、仰角六〇度、距離五〇〇……撃てぇ!」 いっぱいに上を向かせた大砲が硝煙と炭素の混じった黒煙を撒き散らしながら、 小さな鉄の弾を数百数千と上空へ打ち上げていく。それらは徹甲弾に比べれば 威力は劣るが、鉄の小弾丸が高速で当たるので竜の皮膚をも打ち抜く威力を誇る。 「落ちろ!」 太陽を背にしているせいで、何がいるのかはよくわからなかったが、数十門の 一斉射撃である。これにかかればどんな竜でもグリフォンでも逃げ場なく撃墜 されるものと思われた。 だが、数千の鉄の豪雨の中から姿を現したのは、血だるまになった ドラゴンなどではなく、戦艦にも匹敵する広大な翼を広げながら、死神の 鎌のような巨大なカギ爪を振りかざして急降下してくる怪鳥だったのだ。 「巡洋艦『ベレロフォン』、轟沈!」 哀れにも最初の犠牲者になった二本マストの巡洋艦は、巨大なカギ爪に 船体をつかまれると、そのまま大鷲に捕まった子牛が肉を引きちぎられる ように、無数の木片をばらまきながら真っ二つに引き裂かれたのだ。 「巡洋艦を一撃でだと!?」 軍艦の構造体には固定化がかけられていて、並の鉄骨くらいの強度が あるはずなのに、それを気にも止めずに力任せに引き裂いた怪鳥に、 隣接していた艦から何人もの愕然とした声が流れたが、惨劇はそれで 終わらなかった。それからわずか一〇秒の後に。 「戦艦『インコンパラブル』『インディファティカブル』、護衛艦『アキレス』 撃沈! 戦艦『テメレーア』大破、戦線離脱します」 四隻もの艦が撃沈破されたという信じられない報告がレキシントンの 艦橋に届けられたとき、冷静沈着を持ってなるボーウッドも、思わず杖を 落としてしまいそうになった。 「馬鹿な、いったい何が起こったというのだ!?」 「そ、それが……」 報告を持ってきた兵士は、司令官の怒声に緊張しながら、自らもとても 信じられなかった光景のことを説明しようとしたが、ボーウッドはそんな話よりも、 艦橋の窓から見えてきた翼長五〇メイルにもおよぶ巨鳥と、その背に立って 杖を振り、一撃の『エア・スピアー』をもって巡洋艦の艦腹に風穴を開ける、 鉄仮面の騎士の姿を見つけてしまっていた。 「あ、あれは……」 ボーウッドの脳裏に、士官候補生だったころにトリステイン、ゲルマニア間で 一週間だけ続いた国境線争いのとき、留学していたゲルマニア空軍の 戦艦『ザイドリッツ』で体験した記憶が蘇る。 あのとき、ゲルマニアは国境線に居座っていたトリステイン軍を空から 制圧しようと彼の乗る艦を合わせて一〇隻の艦隊を出撃させ、これで 空軍の進出の遅れたトリステイン軍を追い返せるものと確信したが、 その目論見はたった一人の騎士によって阻止され、あわや全面戦争も と思われた緊張は一週間の小競り合いで終了した。 その騎士は、たった一つの魔法と、使い魔への一声の命令をもって 艦隊の半数を撃沈し、指揮官を捕虜にして戦いを艦隊の降伏を持って終わらせた。 幸い、『ザイドリッツ』は攻撃を免れて帰還したものの、あの恐るべき 巨大竜巻と、羽ばたく風圧だけで戦艦を落とした巨鳥の姿は今でも 忘れることはできない。 「まさか、あれは三〇年も前のことだぞ……」 しかし、彼の目の前では、その巨鳥が通り過ぎただけでマストを全て へし折られた戦艦がよろめきながら離脱していき、やっと大砲の照準を あわせた六隻の艦が四方から集中砲火を食らわせても、その騎士は 杖の一振りで自らの乗る巨鳥の周りに風の防護壁を作って全弾を はじき返し、ケタ違いに大きい『ブレイド』で巡洋艦を輪切りにしてしまった。 もう間違いはない。目の前の光景が記憶の中の伝説の仮面騎士と 完全に一致したときに、彼は指揮官としての名誉も威厳もすべて かなぐり捨てて叫んでいた。 「反転一八〇度、全軍撤退! 『烈風』だ! 『烈風』が現れた!」 それは、レコン・キスタ艦隊の、実質の敗北宣言であった。 そして地上でも、ケタ違いの強さで次々と敵艦隊を撃沈していくたった一人の 騎士に、ある者は胸躍る快感を、ある者は恐怖を、ある者は信頼と尊敬の まなざしを向けていた。 「あの方が、あの伝説の『烈風』……なんという強さだ」 ウェールズは、自らもトライアングルクラスの使い手ながら、そんなものが まるで通用しない次元の戦いを、呆然とアンリエッタとともに見ていた。 「はい……本来はもう戦場には出ないと決めていたそうですが、この世界の危機に、 決して侵略には力を使わないということを条件に力を貸してくださいました」 今は仮面をかぶって正体を隠しているが、『烈風』カリンことカリーヌ・デジレと その使い魔の古代怪鳥ラルゲユウスのノワールは、かつてタルブ村を 滅ぼしかけた吸血怪獣ギマイラをはるかに超える脅威に、佐々木とアスカから 教わった勇気を次世代に伝え守るべく、再び立ち上がったのだった。 「そうか、君の軍事顧問というのは」 彼はそれでアンリエッタの急激な成長の理由の一端を理解した。 確かに、教師としてはこれ以上の存在はハルケギニア中に二人といるまい。 「それにしても、犠牲者が極力出ないように手加減してくださいとは 言いましたけれども、やはりすさまじいものですわね」 「なっ……あ、あれで手加減しているのかい!?」 見た目には派手に暴れているように見えるが、実際には攻撃はマストや 風石の貯蔵庫などに集中して、船体を破壊されたものも浮力を残したまま ゆっくりと墜落したので、被害の割には死傷者の数は驚くほど少なかった。 だが、全軍撤退を指示したボーウッドの指令は、当然ながらクロムウェルに 却下されていた。 「なぜ逃げる、撤退の許可など出していないぞ」 「もう勝ち目はありません! 敵は伝説の『烈風』です。あれに敵う者など 全世界に一人とて存在しません!」 ボーウッドは説明する暇すら惜しく、自分がどれほどの醜態をさらしている のかすら念頭にない様子で、ひたすらに全速力で逃げるようにとの命令のみを 発し続けた。今の彼は、まるで雷に怯える幼児のように本能の底から湧き出る 恐怖に支配されていた。 けれどもクロムウェルは能面のように穏やかな表情のままで、ボーウッドの肩に 手を置いた。 「ほほお、あれが噂に聞く烈風か、確かに噂にたがわぬすさまじい力よ。 だが落ち着きたまえ、君の気持ちはわかるが恐れる必要はない。我らには あれに匹敵する切り札があるのだ」 「は……ははあ」 ボーウッドは、枯れ木のように細い腕ながら、びくともしないほどに強い力で 肩を押さえてくるクロムウェルの笑顔に、まるで触られたところから生気を 抜かれていくような冷気を感じて、それ以上口を開くことができなくなった。 もしこのとき、クロムウェルの秘書扱いであるシェフィールドがそばにいれば クロムウェルの異常に気づいたかもしれないが、彼女は万一にも艦橋への 被弾が起こることを恐れて、遠方からガーゴイルを使って高みの見物を決め込んでいた。 「無様ね……せめてウェールズと刺し違えることくらいできれば、お前を使って もう少しこの国で遊べたのだけれどもと、あの方もご慈悲を与えてくれるものに」 せせら笑いながら、万一にも勝てたらもう少し生きながらえさせてもとと、 心にもないことを考えたが、彼女はすぐに自分の目を信じられない光景を 目にすることとなった。 それは、レコン・キスタ艦隊のめぼしい大型艦を戦闘不能にしたカリーヌが レキシントン号の前に出たとき、艦首に見覚えのある人影がたたずんでいるのに 気づき、翼を止めて睨みあった。 「ワルド子爵……」 「ふふ……お久しぶりですな、教官殿」 そこには、グリフォン隊の隊長にしてカリーヌの不肖の弟子、しかし今や汚らわしい 裏切り者として汚名をさらすワルドが、不敵な笑みを浮かべていたのだ。 「話は聞いている。私欲のためにレコン・キスタと通じていた……そうだな?」 「ええ、間違いなく」 悪びれた様子もなく明確に答えたワルドに、鉄仮面の下でカリーヌは舌打ちをして、 杖の先をワルドに向けた。 「ふん、私はランスの戦いで戦死した貴様の父上にも昔世話になったし、お前の メイジとしての将来にも期待していたから、ルイズとの婚約を了承したのだが、 どうやらとんだ見込み違いだったようだな」 「見る目が無いというのは、つらいものですねぇ。あははは」 短い間とはいえ、教え子だった男に反されて、なおかつ愉快そうに前よりも やや濃くなった口ひげを揺らしながら笑うワルドに、カリーヌは娘の将来を もてあそばれたことも含めて、すでに決めていたことだが、あらためて強烈な殺意を覚えた。 「なにが目的だ、金か? 権力か? ……いいや、今更そんなことはどうでもいいな。 その体は使い心地がいいか?」 カリーヌはすでにワルドが何者かに体を乗っ取られてしまった経緯を聞いていた。 つまり、目の前にいるのはワルドであってワルドではない。しかし、そんなことは もはやどうでもよく、乗り移った奴ごと粉砕してやるつもりだったが、ワルドは 余裕でレイピア状の杖を抜いてカリーヌに向けた。 「ふふ、まあ確かにそんなことはどうでもいいですな。だが、私がこの体を無理矢理 所有していると思ったら大間違いですよ。『ウィンドブレイク!』」 「なに!?」 ワルドの杖から放たれてきた空気の弾丸を、カリーヌはとっさに杖をふるって はじき返したが、その威力はかつてのワルドのものよりも強力で、カリーヌの 杖を握る手がわずかにしびれた。 「貴様、魔法は使えなくなっているはずではないのか?」 「ふっふっふ、それなりに利用価値がありそうな男だったので乗り移ったが、 この男はお前たちが思っていたよりも大それた野心と欲望を持っていた。 そのためになら悪魔にでも魂を売ると……だからこそ、”私たち”の利害は 一致したのだよ」 「ちっ!」 再び撃ちかけられてきた『ウィンドブレイク』『エア・ハンマー』を跳ね返しながらも、 その威力に押されてカリーヌは使い魔のラルゲユウス・ノワールを後退させざるを えなかった。 「なるほど、ワルドの人格と欲望を取り込んだのか……ということは、貴様は ワルド本人でもあるということだな?」 「ええ、あなたに受けた修行の数々や、ルイズの可愛らしい顔もよーく覚えて いますよ。ルイズを私のものにできれば、ヴァリエールの名もあっていろいろと 便利な道具になると思って小さい頃から面倒を見てきたというのに、今となっては すべて徒労になって残念ですよ」 「……」 「ですが、あなたの娘さんは本当に純情で愛らしくてなかなか楽しかったですよ。 そうだ、ルイズは落ち込むといつも湖のボートで小さくなっていて、私が慰めにいくと……」 「もういい、その汚らわしい口でこれ以上私の娘の名を呼ぶことは許さん。 これでもう、私は貴様への情けなど欠片も持たなくてよくなった。覚悟しろ、 生きたまま五分刻みで解体してくれるわ」 「ふふ、ご老体にできますかな?」 「この『烈風』をなめるなよ。確かに魔法を使えるようになった上に威力も本来の 奴のものよりも強化されている。だが、それだけで私に勝てると思っているのか?」 「ふっ、確かに攻撃力はともかく戦艦に乗ったままのこちらは機動力で分が悪い。 ならば……いでよ、サタンモア!」 ニヤリと笑ったワルドが指をはじくと、レキシントンの上の空がガラスのように ひび割れたかと思うと、砕け散って真っ赤な裂け目が現れた空間から、壊れた 笛のような甲高い鳴き声をあげて、鋭い口ばしと流線型のシルエットを持つ、 全長六〇メイルにも及ぶ怪鳥が飛び出してきたのだ。 「なに!? 避けろ、ノワール!」 怪鳥が大きく開いた口から発射してきた火炎弾を、カリーヌはとっさに使い魔を 急旋回させてかわしたが、怪鳥は飛び乗ってきたワルドを背に乗せると、 カリーヌとノワールに向かってきた。 「それが、貴様の新しい使い魔か?」 「ふふふ、こいつの名は大怪鳥円盤サタンモア、これで条件は対等ですな。 では、かつて『烈風』と呼ばれたあなたと、『閃光』の異名をとるわたくし、 共に風のスクウェアとして、どちらが最強か決闘といこうではないですか!」 「ほぅ……私に決闘を挑む者など、もう一生現れまいと思っていたが、おもしろい。 多少強くなった気でいるようだが、身の程というものを思い知らせてやろう」 「ふはは! では、お世話になったご恩返しをさせてもらいましょう」 「ほざけ、すぐに化けの皮をはがしてくれる!」 『ウィンドブレイク!』 『エア・ハンマー』 二人の放った空気の弾丸同士が空中でぶつかり合って、まるで台風のような 爆風がレキシントンやレコン・キスタ艦隊どころか、地上の王党派軍にも降りかかる。 かつて、ハルケギニア最強とうたわれた『烈風』カリンと、その使い魔の古代怪鳥 ラルゲユウスのノワールに対するのは、ヤプールに支配されて、その実力を 何倍にも増加させた現トリステイン最強の魔法騎士『閃光』のワルドと、かつて ブラックスター九番目の殺し屋としてウルトラマンレオを苦しめた円盤生物サタンモア。 その人知の想像を超えた激突に、至近で爆風を食らったレキシントンのボーウッドも、 思わず指揮を忘れて見とれてしまった。 「あ、あれが切り札?」 「そう、我らの崇高な志に共鳴して同志にはせさんじてくれたジャン・ジャック・フランシス・ ワルド子爵だ。とある事情でこれまで実力を隠していたが、彼さえいれば『烈風』などは 恐れるに足らんさ。さあ、攻撃を続けたまえ」 「ほ……砲撃を始めよ!」 優しげに肩を叩くクロムウェルの笑顔に、ボーウッドは催眠にかかったように 王党派への攻撃を命じた。一隻で並の戦艦三隻分に匹敵するレキシントンの 全砲門と、残存艦隊の大小かまわない弾雨が切り札を封じられた王党派軍に降り注ぐ。 だが、はるか上空ではそんな戦いすら児戯にすら思えるような、風と風、雷と雷、 牙と牙、爪と爪がぶつかり合う。 アルビオンの空に、真の最強を決する激戦の幕が切って落とされた。 続く 前ページ次ページウルトラ5番目の使い魔
https://w.atwiki.jp/kaesaruteikoku/pages/31.html
定例演説 【商店価格】 金貨100 【効果】 「定例演説」を使用すると、1回で民忠を100まで回復し不満を0にすることができる。 【入手方法】 ・任務? ・ルーレット景品